北千住(牛乳配給所)木製の切り文字

北千住駅前の商店街に残る牛乳店の建物。

エンゼルマーク。

古い建物で見かける木製の切文字。


「配給」の右側が欠けていますが、おそらく「配給所」と書かれていたのだと思います。
「牛乳配給事業」は、大正末期から昭和初期にかけて東京市で実施され、牛乳を無償で配給することが特徴でした。*1

水沢(小岩井牛乳の牛乳箱)縦に二つ

水沢市街に残る小岩井牛乳の牛乳箱。

古い牛乳箱と併せ、縦に二つ並んでいます。

右側の側面には「まきば」。

別のお宅にあった同型の牛乳箱。左側の側面には「小岩井ヨーグルト」五戸*1 で見た牛乳箱と同型です。

【参考記事】
*1 風俗散歩(五戸):小岩井牛乳の牛乳箱(2014.12)

黒石(横向きの牛乳箱)こみせ通り

今回は、黒石(青森県黒石市)の町並みと風俗を散歩します。
「こみせ」と呼ばれる庇屋根(アーケード)が続く黒石の「こみせ通り」は「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。

通りの両側に庇屋根が続きます。

古い民家に牛乳箱が2つ並んでいます。

横開きの箱なので、横向きに設置されています。

多度津(飯山牛乳の牛乳箱)3つの牛乳箱

古い町並みが残る多度津の旧新地界隈。木製牛乳箱が2つ取り付けられているお宅があります。

ブロック塀に取り付けられている横木は3つ分の牛乳箱が取り付けられるサイズ。かつては3つの牛乳箱が横に連なっていたのだと思います。

飯山牛乳の牛乳箱は、右側半分が壊れて無くなっている状態。

別のお宅にあった飯山牛乳の牛乳箱。

宮津~伊根(宮津酪農組合の牛乳箱)リンゴの置物

前掲の四軒町のトンネル路地(ろーじ)。牛乳箱が見えます。

宮津酪農組合の牛乳箱。箱の上にリンゴの置物が載っています。

隣の路地にあった宮津酪農組合の牛乳箱。こちらはかなり風化しています。

宮津牛乳の牛乳箱(伊根町にて)。

岩内(牛乳箱)近くに販売所もありました。

岩内の薄田遊廓があった住宅街。

倉島牛乳の牛乳箱があります。倉島牛乳は、北海道岩内郡岩内町の牛乳で、経営は、倉島乳業株式会社(本社は岩内町)です。

箱の側面には、「バター」と書かれています。

近くにあった倉島牛乳の販売所。

【参考URL】
*1 倉島乳業株式会社ホームページ

高砂(牛乳箱)宝梅園

旧国鉄高砂駅近くの民家。

側面開閉型の牛乳箱だったのでしょう。蓋の部分が無くなっています。

宝梅園牛乳。
全国牛乳処理工場名簿(全国乳業年鑑・昭和37年版)には、宝梅園農場株式会社(宝塚市小林町)の記載があり、宝梅園は現在の宝塚市にあった梅園でした。

側面開閉型の牛乳箱なので上蓋はきっちりと閉じられています。

岩国(牛乳箱)美と健康のカップル

登富町商店街近くの美容室。自転車置き場の看板の脇に牛乳箱があります。

カミムラ牛乳の牛乳箱。「牛乳は美と健康のカップル」です。

岩国駅前の旧10番町バー街の近く。

通津牛乳の牛乳箱。通津は岩国市の町名です。牛乳箱には子供の顔が描かれています。

高山(飛騨牛乳の牛乳箱)ブランド牛乳?

商店街で見かけた飛騨牛乳の牛乳箱。高山市街ではよく見かける牛乳箱です。

「ウルトラ・ハイ」と書かれています。

木製牛乳箱、プラスチック製牛乳箱、ヤクルト、郵便受け。

「飛騨牛」と言えば”ブランド牛”ですが、「飛騨牛乳」は”銘乳”です。

中島町(牛乳箱)オハヨー牛乳

東中島の川沿いの通り。

岡山市に本社のあるオハヨー乳業(株)の牛乳箱です。かすかに「オハヨー牛乳」らしき文字が読み取れます。

西中島の民家。黒板壁に牛乳箱が取り付けられています。

こちらの箱は「オハヨー牛乳」の文字がはっきりと書かれています。

杵築(みどり牛乳の牛乳箱)城下町には木製牛乳箱がよく似合います。

杵築の城下町には、古い町並みが現在も残されています。

伝統的町並みには、木製牛乳箱がよく似合います。

植木の緑と牛乳箱の緑色のコンビネーション。

別の母屋にあった同型の牛乳箱。

戸部(名糖の牛乳箱)トタンには、木製牛乳箱が似合います

戸部六丁目付近。

トタンの焼き鳥屋さんがあります。

トタンには、木製牛乳箱が似合います。

比較的見ることが少ない名糖ホモビタ牛乳の牛乳箱です。ガムテープで補強して大切に使われています。

貝塚(新泉牛乳の牛乳箱)建物の木目とよく似合います

貝塚遊廓跡地近く。木造の家屋が建ち並びます。

格子の美しさが映えます。

新泉牛乳の牛乳箱があります。
新泉牛乳は、貝塚市に本社を持つ昭和18年創業の乳業メーカーの泉南乳業株式会社の商品ブランド名です。*1

木製牛乳箱は、建物の木目とよく似合います。

【参考URL】
*1 泉南乳業株式会社:泉南乳業株式会社ホームページ「泉南乳業のあゆみ

奈良(中野牛乳の牛乳箱)奈良でよく見かける牛乳箱です。

木辻遊廓跡。格子のある古い建物があります。

玄関に、中野牛乳の牛乳箱があります。

中野牛乳は、大正元年に大正牧場として創業。昭和28年に中野牧場に改称。個人経営の牛乳屋として続きましたが、平成3年に廃業しました。奈良町あたりの散策でよく見かける牛乳箱です。三重の中野牛乳*1 とは関係ありません。*2

箱の側面には、特徴のある行書体で「毎度有難う御座います」と書かれています。

【参考記事】
*1 風俗散歩(伊勢):中野牛乳の牛乳箱(2010.5)
*2 横溝健志:思い出牛乳箱(ビー・エヌ・エヌ新社,2008)P.171

伊勢(中野牛乳の牛乳箱)牛乳箱3兄弟

伊勢市駅の北西約4kmにある明野駅付近。参宮道と呼ばれた伊勢参詣の旅人が歩いた道です。

中野牛乳の牛乳箱。両脇には、ヤクルト箱と郵便ポスト。

小さな小川が流れています。古い家に牛乳箱が3つ並んで取り付けられています。

牛乳箱3兄弟。

倉敷(牛乳箱)青汁箱は緑色

川西町の旧遊廓街で見かけた「らくれん牛乳」の牛乳箱。
「らくれん」は、四国乳業株式会社によって製造、販売される牛乳・乳製品の代表的なブランド名です。「緑美しい四葉のクローバーと白いハト」のシンボルマークは、「四国は一つ。新鮮な牛乳によって皆様の幸せ(健康と平和)を」そんな思いがこめられています。*1

箱の横に書かれている「アイミー」は乳酸菌飲料の商品名です。*2

こちらは青汁の宅配箱です。牛乳ではありませんので、「青汁箱」とでも呼ぶのでしょうか。当然のことながら、箱の色は緑です。

遠藤青汁グリーンライフ(本社:岡山県倉敷市)は、「青汁」の創始者・遠藤仁郎博士が設立した会社です。*3

【参考URL】
*1 らくれん:ホームページ会社案内
*2 らくれん:ホームページアイミー
*3 遠藤青汁グリーンライフ:ホームページ会社概要

熊谷(森牛乳の牛乳箱)森永ではありません。

秩父鉄道の上熊谷駅近く。

「森牛乳」と書かれた黄色の牛乳箱があります。「森永」ではなく「森」です。
森乳業(株)は、明治20年創業の埼玉県行田市の乳業メーカーです。*1

牛乳箱は、住宅の側面の中央部分に取り付けられています。

木の暖かみを感じる風景です。

【参考文献】
*1 横溝健志:思い出牛乳箱(ビー・エヌ・エヌ新社,2008)P.167

九条(ペプシコーラ箱)コーラの宅配?

松島公園の近く。大型縦長の木製牛乳箱?発見。

と思いきや、何とペプシコーラ箱です。ペプシコーラも牛乳と同じように宅配されていたのでしょうか。

箱の上部は開閉するようになっていますが、ここからコーラの瓶を入れるのはちょっと厳しそうです。

いろいろ推論しましたが、「ペプシコーラの搬送用の木箱を使って郵便ポストを自作した。」と考えるのが妥当かもしれません。

福原(兵庫牛乳の牛乳箱)不思議な六差路

平野の交差点の近くに、不思議な六差路があります。
地元では「六道(堂?)の辻」というそうですが、細い道が綺麗に放射状に走っています。角の窮屈な三角地に家が建っています。*1

三角地に建っている家に緑色の牛乳箱があります。

兵庫牛乳の牛乳箱。

サイズは大型です。

【参考文献】
*1 金治勉:神戸まち歩き(神戸新聞総合出版センター,2004)P.70-P.72

三角(三角東港近くの牛乳箱)「MEIJI」ロゴの牛乳箱

三角東港周辺の住宅街。

牛乳箱に出合いました。側面に、「ハネーヨーグルト」と書かれています。

明治牛乳と言えば、アサヒマークのロゴが有名ですが、この箱は「MEIJI」のロゴです。

比較的新しい牛乳箱のようです。

宮島(チチヤス牛乳の牛乳箱)鹿くんのいる路地

厳島では、神の使い「神鹿(しんろく)」として鹿が神聖視されています。
町のあちらこちらに「鹿くん」が放し飼いにされています。

「鹿くん」のいる路地を下り、逆方向から見たところ。チチヤス牛乳の牛乳箱があります。(写真左下)

チチヤスは、広島県廿日市市に本社を置く乳業メーカーで、大正6年にわが国ではじめてのヨーグルトを発売しました。*1

黄色の牛乳箱に「チチヤス」の文字が映えます。

【参考URL】
*1 チチヤス株式会社:チチヤスの歴史

小樽(保証牛乳の牛乳箱)北のおいしさ開拓使

小樽市相生町。緩やかな下り坂です。

古い理容室の建物に緑色の牛乳箱。

「北のおいしさ開拓使」と書かれている保証牛乳の牛乳箱。
明治時代、北海道が農業(牧畜)を中心に開拓が進められてきたことを想わせるキャッチフレーズです。

緑色が鮮やかです。

貞光~脇町(毎日牛乳の牛乳箱)うだつのある町並み

貞光は、脇町とともに、「うだつのある町並み」として有名です。「うだつ(卯建)」は、二階の壁面から突き出した漆喰塗りの袖壁です。江戸時代は火よけ壁とも呼ばれ、防火の役目を果たしていましたが、明治時代になると防火よりも装飾に変わってきました。裕福は商家は、冨の象徴として、この「うだつ」を競ってあげました。「うだつがあがらぬ....」の語源にもなっています。*1

うだつのある町並みには、木製牛乳箱が似合います。

毎日牛乳の牛乳箱。

「毎日ボン牛乳」のうち、青色文字の「ボン」だけが鮮明に残っています。

【参考文献】
*1 清水安雄:美しい日本のふるさと 中国四国編(2008,産業編集センター)P.163-P.167

三河三谷(西宝牛乳の牛乳箱)三河三谷の乳業メーカーです。

国道23号線から1本海側の通り、この通りをまっすぐ行くと、若宮公園を経て三谷海水浴場へ行き着きます。

道路沿いの民家に、西宝牛乳の牛乳箱があります。

西宝牛乳は、三河三谷の乳業メーカーです。

牧場直営。

盛岡(岩手牛乳の牛乳箱)都道府県名を冠した乳業メーカー

八幡宮へ向かう通り沿いに、古い木造民家があります。入口に水色の牛乳箱があります。

岩手牛乳の牛乳箱です。都道府県名を冠した乳業メーカー名は、重みがあります。

一本北側に路地を入ったところ。

ウルトラプロセスは、高温殺菌のことですが、ウルトラデラックスとは何でしょうか。

宮古(伊藤牛乳の牛乳箱)宮古の牛乳メーカーでしょうか。

鍬ヶ崎上町から西側の斜面を登ったところに常安寺別院があります。常安寺別院からは、宮古湾を遠望することができます。港町らしい風景です。

坂道の途中に、黄色牛乳箱があります。(写真左側)

伊藤牛乳の牛乳箱。

箱の側面には、「宮古市新川町」と書かれています。地元の牛乳メーカーでしょうか。

高田(栄町遊廓跡)現在は、遊廓の面影はありません。

高田には、「高田市街図」*1 を見ると、駅の北側に栄町遊廓の場所が記されています。それによると北本町二丁目の「一本橋」を渡ったところに遊廓がありました。

幅の広い道路で囲まれた一画が、遊廓があった場所です。

現在は、遊廓の面影はありません。

遊廓の北側にあった水路。

【参考文献】
*1 高田市街図(高田新聞社印刷部,1930)

五反田(明治の牛乳箱)昔の雰囲気が残る路地です。

五反田の有楽街近く。昔の雰囲気が残る路地です。

カラオケ店の隣に古い民家があります。

明治の牛乳箱があります。

JR五反田駅から徒歩5分の大都会に、牛乳箱が残されているとは思いませんでした。

島原(深江町の牛乳箱)ご当地牛乳です。

雲仙岳の山麓を歩きます。火山らしい赤茶けた急勾配の斜面が印象的な美しい風景です。

途中、大勢の牛くんたちに遭遇。ホルスタイン種と思われます。このあたり一帯は、田舎の匂い(牛の糞の匂い)がいっぱいです。

深江駅近く。島原牛乳の牛乳箱があります。駅周辺だけでも10箇所近くあり、他のブランドの牛乳箱は一つもありませんでした。さきほど遭遇した牛くんたちの乳から搾られた牛乳でしょうか。名実共に、ご当地牛乳です。

こちらは、別のタイプの牛乳箱です。

上七軒(牛乳箱)個性的です。

花街には、牛乳箱が似合います。この牛乳箱は側面の板が無くなっていて、中が丸見え状態になっています。

と思ったら、箱の上に置いてありました。

京都に多い井上牛乳の牛乳箱ですが、フロント開閉型のタイプがある模様です。

やはり牛乳箱は、掲示板代わりに使われてしまう運命にあるのでしょうか。

十三(大田牧場の牛乳箱)ストリップ劇場の裏にありました。

ストリップ劇場「十三ミュージック」の裏手の路地。音楽と威勢の良い掛け声が建物(写真右手)からもれ聞こえてきます。(写真の奥は木川本町商店街)

大田牧場の牛乳箱がありました。

ポストと仲良く並んでいます。

ストリップ劇場近くの別のお宅の壁に取り付けられていた牛乳箱。何とも絵画的です。

玉の井(水戸街道近く)森永の牛乳箱

戦前の玉の井があった路地を歩いていくと、やがて水戸街道が見えてきます。

目立たない場所ですが、牛乳箱がありました。

建物のくぼみの部分にしっかりと取り付けられています。

雨風をしのげる場所であったためか、保存状態は良好です。

酒田(日和山公園周辺)種類が豊富です。

ある古い民家の入口付近。

鹿野牛乳の牛乳箱。六ツ葉のクローバー?とでも呼べそうな特徴のあるマークです。真ん中の「K」は、鹿野の「K」でしょうか。

菊水旅館の裏口にあった伊藤牛乳の牛乳箱。牛のマークです。

酒田の牛乳箱は、種類が豊富です。ある旅館の入口にあった田村牛乳の牛乳箱。可愛らしい女の子のキャラです。

博多(路地の牛乳箱)植木鉢で飾られています。

旧水茶屋の通りにある質屋の脇の路地。この先に緑色の箱が見えます。

みどり牛乳の牛乳箱。箱の色はもちろん緑色です。

植木鉢で飾られた美しい路地が残っていました。ここにも牛乳箱があります(写真右下)。

牛乳箱も植木鉢で飾られています。

下関(新地西町の路地)緑色の牛乳箱

路地から脇道に入いります。植木鉢が置かれている軒下に牛乳箱がありました。緑色の牛乳箱は、鉢植えとの相性もばっちりです。

シモラク牛乳の「シモラク」は、「下関酪農」の略でしょうか。

タイプの異なる少し大きめの牛乳箱。こちらには、「山口県酪」と書かれています。

緑色の木の格子と米屋の看板がよく調和しています。

錦糸町(ラブホテル街の近く)路地にある牛乳箱

錦糸町のラブホテル街周辺のビルの狭間に木造の建物が残されている場所があります。

木の香りが漂う路地です。ラブホテルの看板もあります。

軒下に牛乳箱が残っていました。

興真牛乳の牛乳箱です。赤い星印が強烈です。

静岡(駒形通り)ビルに牛乳箱

今回は、静岡(静岡県静岡市)の町並みと風俗を散歩します。
葵区の駒形通6丁目の駒形通り。この近くには、かつて二丁町遊廓がありましたが、現在その面影はありません。

商店街には、このような鉄筋コンクリート4階建てのビルもあります。

そのビルの1階の入口を入ったところの壁に、何やら木箱のようなものが取り付けられています。

長田牛乳の牛乳箱です。
銭湯に木造銭湯とビル銭湯があるように、牛乳箱も取り付け場所の違いにより、木造牛乳箱とビル牛乳箱に分類されるのはないかと思いました。ビル牛乳箱の方が数は少ないように思います。

彦根(袋町)ホモちゃんマークの牛乳箱

遊廓跡は、牛乳箱の宝庫でもあります。軒下に北川牛乳の牛乳箱があります。

森永牛乳の牛乳箱ですが、前面に販売店の名前のあるめずらしい牛乳箱。

側面にホモちゃんマーク*1 がデザインされています。森永の牛乳箱は、正面にエンゼルマークがデザインされているものがほとんどですので、これはめずらしい牛乳箱かもしれません。

プラスチック製も含めると、全部で3つの牛乳箱が取り付けられているお宅。
手前の牛乳箱はペンキで茶色に塗られています(できれば塗って欲しくなかった)。向こう側の牛乳箱は、「雑巾ばさみ(という言葉があるかどうかはわかりませんが)」として使われています。

私は記憶にないのですが、ホモちゃんの歌というのもあったそうです。
宣伝の歴史からいっても、コマーシャルソングの草分けで、昭和28年に、ラジオ放送で全国に流されました。*2
ホモちゃんの歌(サトーハチロー作詞 2節以下省略)*2
こんこんこんちは ごきげんさん
ボクはホモちゃん みんなの子
だんだん誰とも仲良しこよし
おとなり おむかい あの子にこの子
どの子もまけずに ぐんぐん
またのびた
【参考文献】
*2 森永乳業50年史編纂委員会:森永乳業五十年史(森永乳業,1967)P.279
【参考記事】
*1 ホモ牛乳

家老渡(牛乳箱)地元ブランドの牛乳箱です。

旧遊廓街の通りには、牛乳箱も豊富です。

「ふるさと牛乳」の牛乳箱。牛乳箱の側面に、中国酪農協同(株)の社名が見えます。

有名ブランドでありながら、なかなかお目にかかれなかったグリコ牛乳の牛乳箱。

こちらは、明治の牛乳箱との併設です。

木江(牛乳箱)搬送用の箱もありました。

木江でも、木製牛乳箱を数多く見かけます。こちらのお宅の玄関前には、なぜか搬送用の牛乳箱が置いてありました。

天満区の古い町並みで見かけた2種類(森永と明治)の牛乳箱。

上の写真の明治の牛乳箱の側面には、「身元調査おことわり」の貼り紙があります。実は、木江の町では、ほぼすべての家の玄関にこの貼り紙が貼られています。広島県では、教育委員会による部落解放運動が徹底・組織されている模様です。

宇浜とめばる崎の間で見かけた牛乳箱。

民俗学者の沖浦先生は、その著書*1 の中で、「瀬戸内の漁民の存在は、島嶼部の数多くの被差別部落とともに、この列島の海民の歴史の深層にかかわる大きい問題であった。」と締めくくっています。
【参考文献】
*1 沖浦和光:瀬戸内の被差別部落(解放出版社,2003)P.306

御手洗(町並み保存地区)二つ並んだ牛乳箱

御手洗は、町並み保存地区(全国重要伝統的建造物群保存地区)に指定されていて、江戸時代の町並みが残されています。

そのうちの1軒。入口に木製牛乳箱があります。

同じブランドの牛乳箱が2つ並んでいます。大家族だったのでしょうか。

国広牛乳。はじめて見かけたブランドです。

尾頭橋(ウィンズ名古屋近く)アルファベットのMEIJIロゴの牛乳箱です。

今回は、尾頭橋(愛知県名古屋市)の町並みと風俗を散歩します。JR尾頭橋駅前にJRAの場外馬券売場が入っているウインズ名古屋があります。尾頭橋は、競馬の町です。
ウインズ名古屋から路地を入ったところのブロック塀に明治の牛乳箱があります。

明治の牛乳箱は、中央に楕円形のマークがあるデザインが普通ですが、この牛乳箱は、中央に赤文字でアルファベットの「MEIJI」のロゴがデザインされています。

ブロック塀にしっかりと固定されています。でも、どこかおかしいと思ったら、上蓋が無くなっていることに気づきました。

上蓋が無いので、内部を覗かせて頂きました。

真金町・永楽町(森永の牛乳箱)白塗りのエンゼルマーク

横浜橋商店街の西側の高根町は、昔の風情が残る町並みですが、ここに、森永の牛乳箱が残っていました。

木々緑に囲まれて、郵便受けの下に牛乳箱があります。今まで見てきた森永の牛乳箱とは少し違っています。黄色でなはく、やや黄土色がかった黄色です。

最大の特徴は、白塗りのエンゼルマークです。

ロゴもはっきりと残っています。「ウルトラ・プロセス」に加え、ホモ牛乳の「ホモ」の文字があります。保存状態の良い名品です。

品川(牛乳箱)古い町並みに牛乳箱が残っています。

天王洲運河の隣に、しながわ百景の一つに選ばれている「北品川の古い民家の家並み」があります。

民家は数棟が固まって残っていますが、そのうちの1軒の玄関脇に牛乳箱が残っていました。

明治牛乳の牛乳箱には、縦書きと横書きがありますが、こちらのは、縦書きです。

側面がガムテープで補強されています。せっかくの牛乳箱ですから、もう少し見た目のことを考えて欲しいなとも思いますが、これも味わいの一つでしょうか。

秋葉原(牛乳箱)東京のど真ん中にもありました。

秋葉原のメインの通りから少し奥へ入ったあたり(外神田三丁目)は、パソコンのパーツの店などが並びます。その通りから路地一本入ったところに牛乳箱があります。

なんと、牛乳箱が2つ付けられています。以前、大和郡山で、縦に2つ並んだ牛乳箱を見かけましたが、今回の牛乳箱は、後背位ともいうべき体位(というか箱位)で、前面と背面が合体しています。

駅前に最近できたUDXビルの前に、昔の路地の雰囲気が残る場所があります。右側の古い商家の軒下に森永牛乳の牛乳箱があります。

京都で見かけた森永の牛乳箱と違い、ロゴや名称がはっきりと読めます。「ビタミン入り」や「ホモ牛乳」のロゴがあるのは、東京の森永牛乳の牛乳箱の特徴であると思われます。保存状態も良く、名品です。

今里(牛乳箱)あなたにふさわしい牛乳

今里新地で見かけた明治牛乳の牛乳箱。明治の牛乳箱は、先日島原で見かけた藍色のタイプと、ここで見かけた明るい青色の2つのタイプがあるようです。
箱の側面に販売店名が書かれています。

「白バラ牛乳」の牛乳箱。珍しい名前です。箱の中央にバラの絵が配置されています。

今里新地内にある牛乳店。明治牛乳の牛乳箱の側面に書かれていた販売店と同じ名前です。牛乳箱は、この販売店が販売し、取り付けたものでした。

販売店に、「白バラ牛乳」の看板が掲げられています。「白バラ牛乳」はこちらの販売店で販売されているようです。
「白バラ牛乳」は、鳥取県大山乳業農業組合が生産する牛乳で、鳥取県民には、広く浸透しています。白ばらの花言葉は、「わたしはあなたにふさわしい」で、白い牛乳のイメージにぴったりであることから、この名前になったそうです。*1

*1 鳥取県大山乳業農業組合:農林経済(2000.3.30)P.8

古市(牛乳箱)物を大切にする気持ちが伝わってきます。

古市には、牛乳箱も残されています。
森永牛乳の牛乳箱は、普通は縦長ですが、今回見かけたのは横長です。「森永牛乳の4文字があるだけで、「エンゼルマーク」や「ウルトラプロセス」などのロゴはありません。

牛乳箱、ヤクルト、郵便ポストの3点セット。

地元の牛乳メーカーでしょうか。山村牛乳の牛乳箱。コンセプトは、「濃厚牛乳」のようです。

こちらの牛乳箱は、道具箱として2次利用されています。物を大切にする住人の気持ちが伝わってきます。

嶋原(牛乳箱)縦書き明治と横書き明治

軒下に、明治の牛乳箱があります。

紅殻格子(べんがらごうし)*1 には、明治の藍色の木製牛乳箱がよく似合います。

木製消火器箱と木製牛乳箱。木製箱同士はお似合いです。
明治牛乳の牛乳箱は、縦書きと横書きがあります。上の写真の牛乳箱は、明治牛乳の文字が縦書き、下の写真の牛乳箱は横書きです。

手作り郵便受けと木製牛乳箱。こういうコラボレーションも面白いと思います。

【参考URL】
*1 京都市中京区社会福祉協議会:「ちょっと物知り帳」紅殻格子(べんがらごうし)

富士吉田(武田牛乳)牛乳箱と牛乳店

下吉田の西裏通りで、武田牛乳の牛乳箱を見つけました。白色の牛乳箱に赤色の象のマークが印刷されています。
武田牛乳は、戦国大名の武田信虎(武田信玄の親)の末裔が、明治5年(1872年)にしょうゆ醸造業(テンヨ武田)を創業したのが、始まりで、 その後、テンヨ武田の姉妹会社の武田食品株式会社が昭和23年より市乳部門を設置し、象のマークの武田牛乳として販売しています。*1

牛乳箱の側面には、「ミネビタ牛乳」、「ホモゲ牛乳」と書かれています。「ミネビタ」は、ミネラル+ビタミンだと思われます。「ホモゲ」は、ホモジナイズのことだと思います。
牛乳箱の朽ち具合が絶妙です。

富士吉田は、町全体が斜面です。町を南北に縦断する本通りの坂道を登り、金鳥居を過ぎて、上吉田に入ります。
武田牛乳の販売店がありました。下吉田で見かけた牛乳箱の側面に書いてあった販売店です。建物に象のマークがあります。

牛乳の小売も行っています。もちろん、象のマークの武田牛乳も販売されています。「牛のマークの牛乳石鹸」というのがありますが、象のマークの牛乳は、象乳とでも呼んだらよいのでしょうか。

【参考URL】
テンヨ武田:「テンヨ武田の商標

橋本(街道沿いの牛乳箱)保存状態良好です。

古い町並みが保存されている橋本は、牛乳箱の保存状態も良好です。
森永の牛乳箱は、保存状態の良いものが少ないのですが、こちらの牛乳箱は、エンゼルマークの部分もしっかりと残っています。郵便ポストの下に設置されたため、日焼けをまぬがれたのかもしれません。

明治牛乳の青色の牛乳箱。

八幡牛乳の緑色の牛乳箱。八幡乳業は、地元の牛乳メーカーです。

別のお宅の八幡牛乳の牛乳箱。木の壁に木製牛乳箱がよくマッチしています。

宮川町(宮川筋)レア物の牛乳箱

宮川町は牛乳箱の宝庫です。こちらは、井上牛乳の牛乳箱。府立病院指定と書かれているのが特徴です。井上乳業は、右京区花園に本社がありましたが、現在は廃業しています。

同じ井上牛乳の牛乳箱の肌色バージョン。正面の「井上」と「牛乳」の文字の間には、HOMOGEホモゲナイズと書かれています。また、箱の横には、厚生省令規格牛乳処理場井上牧場と書かれています。「ビタミン入り」というのも、当時の食料事情を反映した製品戦略だったのだと思います。

こちらの大手メーカーも、近年廃業しました。

毎日牛乳の牛乳箱。「毎日のんで毎日健康」がキャッチフレーズです。

五条(五条楽園)森永の牛乳箱

五条楽園には、木製牛乳箱が沢山あります。但し、販売店が頑張ったせいか、なぜか森永ばっかりです。
旅館HIRAIWAにあった森永の牛乳箱。日に焼けて印刷が見えなくなっています。森永の牛乳箱は日焼けに弱いようです。

同型の牛乳箱。横に森永マミーと書かれています。森永マミーは昭和40年に発売が開始された乳酸菌飲料です。当時は90ccのビンに入っていて、「森永マミーもう1本プレゼント」は、キャップを利用した現品引き換えによるスピードくじで、注目されました。*1

ウルトラプロセスの文字だけが残っている森永の牛乳箱。黒インクは日焼けに強いのでしょうか。

森永ビヒダスの牛乳箱。こちらは、新しい牛乳箱のため、保存状態は良好です。

【参考文献】
*1 森永乳業50年史編纂委員会:森永乳業五十年史(森永乳業,1967)P.300-301

玉の井~東向島(東向島の路地)懐かしい牛乳箱

白鬚神社近くの路地。

懐かしい牛乳箱(森永牛乳)があります。保存状態も良い方だと思います。

文字は、オレンジ色と黒色の2色。背景の黄色と合わせると、3色刷りです。
「ウルトラ・プロセス」というのは、当時、森永乳業(株)が開発した加熱殺菌の技術の名称です。

木のぬくもりが感じられます。オーソドックスな形が気に入りました。