常陸多賀(塙山キャバレー)十字路の飲み屋群

常陸多賀駅の南西約1km。国道6号線の交差点「塙山十字路」。

交差点の角に飲み屋群が忽然と姿を現します。

飲み屋群は、「塙山キャバレー」と呼ばれているようです。

交差点の南東側の一画にトタン建築の飲み屋が密集しています。

藤沢(奥の飲み屋街)サロンの看板

以前は、両側に和風スナックや小料理屋が並んでいましたが、現在、片側にはマンションが建っています。

いざかや「ひよこ」※1は、小鳥の街にも同じ屋号の店舗がありました。こちらに移転してきたのかもしれません。

サロンの看板。

かつての藤沢の歓楽街の中で、唯一残っている飲み屋街です。

藤沢(木造アーチの飲食街)老朽化が進んでいます。

今回は、藤沢(神奈川県藤沢市)の町並みを散歩します。
駅の北側。藤沢銀座通りから50mぐらい入ったところにある飲食街。

2006年に訪れたとき※1 と比べかなり荒廃が進んでいます。

店舗の内部は意外と綺麗です。

この飲食街の北側にはスナックが営業中です。

長崎丸山(シバヤンジ通り)

銅座町の繁華街に、「シバヤンジ通り」と名付けられた飲み屋の路地があります。
銅座付近には以前、芝居小屋が点在しており、当時の人は「芝居小屋の地」を「シバヤンジ」と呼んでいたそうです(案内看板より)。

路地はL字型に曲がって続いています。

反対側(西側)から。

夜の様子(上の写真と同じ場所)。

上野(キムチ横丁の通路)ディープな雰囲気

東上野2丁目の「キムチ横丁」と呼ばれるコリアンタウン。※1
2棟の建物の間が生活通路になっています(南側より)。

ディープな雰囲気の通路。

逆方向から。

横丁の中央部。通路が交差するあたりに公衆トイレがあります。

下北沢(鈴なり横丁)演劇の街

「演劇の街」下北沢を象徴する鈴なり横丁。

鈴なり横丁(ザ・スズナリ)は、1969年(昭和44年)築、木造二階建ての”鈴なり横丁”は一階が飲み屋、二階がアパートという造りで、そこにさらに劇場が造りこまれました。*1

横丁の内部

1階の飲食街。

成田(和風スナック「東洋」)花崎町

JR成田駅から、「成田山近道」の坂道を下っていくと、和食店があります。
「赤線跡を歩く」に掲載されている建物です。

道路に面した側が正面です。入り口があります。「お食事処東洋」と書いてあります。

路地に面した側は、スナックになっています。店の名は「パブ.スナック東洋」となっています。書いて斜め取ってのドアがあり、まるで赤線建築を思わせるようなデザインです。

「パブ.スナック東洋」の看板。

下総中山(スナック街)こみち通り

今回は、下総中山(千葉県船橋市)の町並みを散歩します。
JR下総中山駅前にある、通称「こみち通り」と呼ばれる飲み屋街は、小規模ながら飲食店やスナックが密集している通りです。

西側の通りにもスナックが連なります。

駅側に回り込んだ路地。

木造家屋のスナック店。

歌舞伎町(新宿センター街)思い出の抜け道

今回は、歌舞伎町(東京都新宿区)の町並みを散歩します。
風林会館前に、現在も闇市の風情を残す横丁が残っています。*1※1
最近、「思い出の抜け道」と書かれたゲートができ、整備されたました。

少し奥へ進むと、以前の雰囲気が残っています。

南側の通路。

屋台のような店舗も健在です。

銀座(金春小路)花街の路地

かつて、置屋や待合が並ぶ花街だった銀座8丁目の金春通り。近くには、銭湯の金春湯もあります。※1
金春小路(こんぱるこうじ)と書かれた小さな看板。

小路の入口は非常に小さく目立ちません。

かつての花街の路地は、現在はバーやクラグが引き継ぐ夜の街の路地となっています。*1

L字型の路地はさらに奥へ続き、反対側の通りへ出ます。

銀座(三原小路隣の袋小路)2階建ての長屋形式の店舗

今回は、銀座(東京都中央区)の町並みを散歩します。
三原小路近くに今も奇跡的に残る袋小路があります。
明治の終わりころ、この付近には、質商「江島屋」が所有する大規模な土地がありましたが、質商は、農地解放とともに施工された戦後の財産税でことどとく土地を失い、この路地が誕生しました。*1

半世紀ほど時間が巻き戻ったようなゲート状の看板。*1

袋小路になった路地。

2階建ての長屋形式の店舗。周囲のビルとの景観のギャップの大きさには感動します。

新小岩(スナック街)赤線跡地近く

今回は、新小岩(東京都江葛飾区)の町並みを散歩します。
新小岩駅南口から、ルミエール商店街を約500m。かつて赤線があった場所※1 の近くにスナックが密集する一画があります。

通りから細い路地を入ったところにも店が建ち並んでいます。

レトロなスナック。

狭い通路を抜けると入口がありました。

北千住(毎日通り飲食店街)L字型の飲食街

宿場町通り(旧日光街道)をあるいていると右手に、「毎日通り飲食店」の看板が目に入ります。

居酒屋やスナックが連なる小路です。

近隣には高層ビルが建っていますが、奇跡的に昭和の姿を留めています。

小路はL字型になっていて、北側の道路に通じています。

浅草(ヘルストロンの路地)猿之助横町

「猿之助横町」の碑※1 のある通りを西へ向かい、1本目の路地を入ったところ。「ヘルストロン」の看板があります。

昔懐かしい、麻雀喫茶、テレビゲーム。

昭和の初期、この通りは芸妓置屋や料理屋が密集する場所でした。*1

スナックマリ子

五反田(壱番街)歓楽街の中心

五反田の歓楽街「遊楽街」の中で、唯一、通りの名が付けられている「一番街」。

1951年の住宅地図を見ると、飲食店や風俗店が道の両脇に連ねっており、この頃から歓楽街の中心街だったようです。

現在も飲食店が建ち並び、昼間の時間帯から人通りの多い通りです。

通りの北側の風俗店。

王子(柳小路)オールタイム60分3,000円

王子駅前にある飲み屋街の柳小路。

スナックですが、時間制(オールタイム60分3,000円)のようです。

ひょうたんの意匠の小料理屋。

中央部分の建物が無くなって更地になっています(写真手前部分)が、飲み屋街は、健在です。

王子(さくら新道)北側半分

今回は、王子(東京都北区)の町並みを散歩します。
JR王子駅前のさくら新道は、風情のある長屋の建物が印象的な飲食街でしたが※1、数年前に南側半分が火災で焼失してしまいました。

1階部分はベニヤ板でふさがれていて、ほとんどの店舗が休業している模様です。

南側の建物があった場所は空き地になっています。(写真の手前側)

歌えるスナック。

釧路(遊楽街センター)隣り合う2棟

釧路市の歓楽街、栄町2丁目の遊楽街センター。昭和の雰囲気が残っています。

遊楽街センターA(左側)、遊楽街センターB(右側)、の2棟が隣り合って配置されています。この2棟の天井部分が一体となっていて、一つの横丁建築になっています。

店舗は、現在も営業中です。

逆方向から。

名寄(どんぐり小路)トタン建築

名寄市西3条南6丁目。現在も市街の中心部で、その中には古い商店街が残っています。

「どんぐり小路」。1階には居酒屋などの飲食店が入っています。

建物の裏側。屋根裏部屋もあり、一部は3階建てです。

大規模なトタン建築です。

名寄(有楽センター)かつての花街に建つ飲食ビル

名寄のかつての花街だった場所(現在の西4条南5丁目付近)の南北の通りは、「錦通り」と命名されています。

錦通りに建つ飲食ビルの「遊楽センター」

1階が店舗。2階が居住スペースです。

夜の様子。

札幌(すすきの市場)異色のゲタばき住宅

ススキノのネオン街ど真ん中に、東西百メートルにわたる地上五階地下一階の細長いビル「すすきの市場」の建物があります。*1

二階-五階は日住宅公団のアパートになっています。*1

長く続く廊下。

1階は、市場機能を有しています。

豊川(小松屋の小路)レトロな佇まい

飲食店「みほ」がある小路※1 の1本西側の小路。
料理屋が2軒並んでいます。

料理屋の「小松屋」。

レトロな佇まいです。

小路(写真左側)の裏側は広い駐車場になっています。写真の右側は、飲食店「みほ」※1 がある小路に連なる建物の裏側。

高松(古天神味の店)華下天満宮の小路

今回は、高松(香川県高松市)の町並みを散歩します。
高松市街の百間町にある「華下天満宮」前の小規模な飲み屋街「古天神味の店」。

居酒屋やスナックが建ち並ぶメインの通り。

裏側の通り。

古びたスナックの入口。

高知(スタンド小吉跡)堺町

かつての青線街「掛川町」※1 は、現在の堺町8,9,11,12,13付近と思われ、1983年の住宅地図を見ると、スタンドやスナック、トルコ風呂などが密集しています。*1
写真の左手前の交差点の角(現在は駐車場)には、スタンド朱美、スタンドひとみ、スタンド姿、がありました。

スタンド小吉の建物。
昭和33年の売春防止法施行以降、掛川町の特飲街は、旅館、スタンドなどに転業し、従来通りの賑わいを呈していました。(この建物が青線であったかどかは不明です。)*2

かろうじて「小」の文字が残っています。前回(2014年)、この付近を歩いたときの記憶では、「一品料理 スタンド小吉」と書かれていたと思います。

料亭の建物を思わせる2階部分。

中村(大門横丁)レトロ感漂うアーケード

今回は、中村(愛知県中村区)の町並みを散歩します。旧中村遊廓の南側。昭和の哀愁の残る大門横丁が今も健在です。

レトロ感漂うアーケード。

反対側から。緩やかにカーブしています。

近くには、高層マンション。

西荻窪(駅前の呑み屋街)ディープな一画

今回は、西荻窪(東京都杉並区)の町並みを散歩します。
JR西荻窪駅南口を下車し、すぎ西側。ディープな呑み屋街があります。

南側の通り。2階建ての木造家屋が連なっています。

北側の通りへ抜ける通路。

北側の通り。

大垣(お城街)レトロな呑み屋街

今回は、大垣(岐阜県大垣市)の町並みを散歩します。
大垣城の東側。城南アパートの建物。

1階に、レトロな呑み屋街があります。入口右側には、喫茶「古城」。

看板の右側の「街」の文字が隠れて見えづらくなっていますが、「お城街」と読み取れます。

和風の飲み屋が連なります。

三本木(東三番街)昭和40年代に発達した呑み屋街

大正初期以降、戦時中を除き昭和三十年代中期まで、花柳街の老舗が繁栄しましたが、昭和40年代になると、キャバレー、スナック、バー等の登場となり、呑み屋街が発達しました。*1
その中で、東三番街は、現在も残る呑み屋街です。写真右側の焼肉の「食堂園」は、1977年の住宅地図*2 にも掲載されている店です。

カラフルなスナックの店舗が建ち並びます。

看板が密集。

反対側の入口。一方通行の出口です。

青森(中央古川通り沿いの横丁)1階に風俗店

今回は、青森(青森県青森市)の町並みを散歩します。
駅前の商業施設「フェスティバルシティアウガ」の東側の商店街「中央古川通り」沿い。1階に風俗店が入る横丁があります。

建物の右側の路地を進むと、スナックが2軒あります。

左側の通り。

奥まったところにあるスナック。

佐世保(高架下の風景)松浦鉄道西九州線

松浦鉄道西九州線は、始発の佐世保駅から市街を通って平戸方面へ向かいます。途中、佐世保中央駅、中佐世保駅の間は高架になっていて、高架下には、飲食店などが連なっています。

和風の料理店。

高架下の飲食街は奥まで続きます。

松浦鉄道から見た高架部分。

前橋(呑竜仲店)通称「呑龍マーケット」

前橋の千代田町。弁天通り商店街の東側にある呑竜仲店。
呑竜仲店は1947年(昭和22年)に市の戦後復興計画に基づき建設され、通称「呑龍マーケット」として親しまれました。*1

マーケットらしい建物です。

反対側の入口。

建物を横からみたところ。

弘前(三洋センター)市場のような外観

今回は、弘前(青森県弘前市)の町並みを散歩します。
鍛治町の三洋センター。鍛治町では、「〇〇センター」と名前が付けられた共同ビルが多く見られます。

まるで、市場のような外観です。

夜の三洋センター。

ピンク色の看板。

金沢(新世界)闇市からはじまった飲み屋街

金沢市の片町の「片町きらら」の裏通りに位置する新天地商店街。昭和のにおいが残る一画です。

新天地の新天地のルーツは、戦後の闇市で、市内の浅野川沿いから集団移転して生まれました。*1

夜になると、ネオンが灯ります。

京の町屋のような落ち着いた佇まいです。

【参考文献】
*1 「出世地蔵」の案内板より。

福富町(GMビル)メリーさん

福富町のGMビル。外国人専門の高級娼婦だったメリーさんが客を引いていた雑居ビルです。*1

GMビルのエントランス。

夜になると、ピンク色の看板にあかりが灯ります。

クラブなどの店舗が入居しています。

 

【参考文献】

*1 檀原照和:消えた横浜娼婦たち(データハウス,2009)P.153-P.156
*2 中村高寛 (監督) :ヨコハマメリー [DVD]

室蘭(浜町の小路)大衆的な歓楽街

 札幌の薄野遊廓が栄えたおかげで、もっと大衆的な狸小路が出現したように、幕西遊廓ではちょっと遊べない庶民が楽しめる、より安価で大衆的な歓楽街が浜町で、”三等小路”と呼ばれた私娼街もありました。*1
 現在の浜町の室蘭郵便局の南側に、スナックが密集する一画があります。


道幅の狭い小路が続きます。


オレンジ色のドア。


ゆりちゃん。

 

【参考文献】
*1 平林正一,久末進一:聞き書室蘭風俗物語(袖珍書林,1986)P.120

広島(エミリーの小路)ビルの中をくぐりぬけます。

広島市街の流川(ながれかわ)の歓楽街。ビルの谷間に小路があります。

ビルの中をくぐりぬけて小路が続いています。

「エミリー」という屋号の店があります。

ビルの中をくぐりぬけた反対側。

気仙沼(王将マーケット)営業中のスナック

王将マーケットの入口。
通路の両側にスナックが並んでいます。

ほとんどの店舗は休業中ですが、営業中のスナックもあるようです。

朽ち果てた看板。横向きに取り付けられていたのだと思います。

通路は、反対側の出口へつながっています。

気仙沼(王将マーケット)映画「自虐の詩」に登場

太田の坂道を登っていくと、王将マーケットが見えてきます。飲食店が入っている雑居ビルで、映画「自虐の詩」にも登場しています。*1
「自虐の詩」では、主人公の幸江(中谷美紀)の故郷は気仙沼で、「王将マーケット」は、学生時代の新聞配達エリアでした。

看板の側面に「王将飲食街」と書かれています。

建物の上部には、将棋の駒「王将」のモニュメント。

南側の入口。

【参考文献】
*1 横山芳一,菊田清一,今野俊宏:仙台学 vol.9 歩く見る聞く仙台(荒蝦夷,2005)「気仙沼たてもの散歩 大正昭和港町伝説」P.202

大須(戦後生まれた飲食街)旧墓地跡

かつての北野新地近く。旧墓地だった場所に古い飲み屋街があります。

昭和38年の名古屋タイムズに、明王殿(大光院)の旧墓地跡に戦後生まれた飲食街「”新地”は戦後の新名所」と題し、次のような記事があります。*1
一杯飲み屋からバーなど約百軒がぎっしり並び、夜は不夜城となる。木造二階建の床がきしむような長屋を改造して階上を居間、階下が店となっており、ケバケバしい化粧をした女が客のそでをひく。「あそこは遊ばせる」という風評があるだけにそれ目あてにくる客もあるとか。

東側の一画。

呑み屋街の裏側(公園側)。

*1 名古屋タイムズ・アーカイブス委員会:大須レトロ(樹林舎,2010)P.48

栄(むつみ小路)飲み屋街

プリンセス大通りを南に入った左側にあるむつみ小路。
むつみ小路は、栄小路は、松竹小路(現在は消滅)とともに、戦後の街づくりに貢献しました。*1

奥まったあたりの建物。

夜は、飲み屋街として賑わいます。

むつみ小路の看板。

【参考文献】
*1 名古屋タイムズ・アーカイブス委員会:名古屋なつかしの商店街(風媒社,2014)P.74-P.75

栄(栄小路)戦後の街づくりに貢献

栄のプリンセス大通り(丸栄と明治屋栄ビルの間の通り)を南に入ったすぐ右側に栄小路があります。
南呉服町と住吉町を結ぶ東西約90mの小路で、当時は約16の飲食店が軒を連ねました。八幡屋、夜来香本店は、当時から営業していた飲食店です。*1

現在も残る八幡屋。

北側は、駐車場になってしまったので、現在は片側だけの小路です。

夜の栄小路。
栄小路は、むつみ小路、松竹小路(現在は消滅)とともに、戦後の街づくりに貢献しました。

【参考文献】
*1 名古屋タイムズ・アーカイブス委員会:名古屋なつかしの商店街(風媒社,2014)P.74-P.75