多度津(翁座)花柳町の真ん中にあった劇場

今回は、多度津(たどつ、香川県仲多度郡多度津)の町並みを散歩します。
多度津町立資料館には、多度津にゆかりのある文化財等の資料が収集されています。*1

「多度津のくらし」の展示コーナー

芝居小屋翁座の模型。

解説文によると、翁座は、西浜の稲荷神社下の花柳町の真ん中にあって、道頓堀の一流の劇場を模倣して建立されたそうです。
明治37,8年頃の市街図には、正一位稲荷大明神の下(妙應寺の西)に翁座の記載があります。*2

高知(美容室)狭小建物

高知市与力町(堺町の西側)の交差点の角にあるレトロな「マキ美容室」の建物。

横から見ると、驚くほど狭小な建物であることがわかります。

入口付近。こちらは、「サロンK」という屋号です。

カラフルなタイルの装飾。

福生(横田トルコ跡地)東福生駅への五差路

福生駅から東福生駅へ向かう五差路。

交差点の角には、かつて横田トルコがありました。現在は駐車場になっています。

1970年の住宅地図*1 によると、横田トルコには、「トルコレストラン」が併設されていました。

横田トルコの西隣には、横田ニューゲストホテルがありました。*1

福生(福生アメリカンハウス)当時を再現

牛浜駅の東側にある「福生アメリカンハウス」は、1958年に建てられたアメリカンハウスを使ったコミュニティスペースです。*1

内装も50年代当時の雰囲気が再現されています。*1

当時の珍しい写真も展示されています。

外人バー街には、空地があり、そこにはいつもアメリカ人の車が駐車していた。(解説文より)

《参考文献》
*1 福生市観光案内所:福生アメリカンハウスのご案内(福生市観光案内所,) ···外部リンク···

1958年に建てられ、当時のオリジナルに近い型で残されている珍しい米軍ハウスを利用したコミュニティースペース「福生アメリカンハウス」。 …read more

福生(アメリカンハウス)朝鮮戦争の頃の米軍人家族用住宅

今回は、福生(東京都福生市)の町並みを散歩します。
朝鮮戦争の頃の米国本土からの米軍人家族移住策により、基地内における米軍人家族用の新規居住が困難となったため、1951年、当時の基地の司令官が、米軍人家族用の一戸建て賃家である「ハウス」の建設を福生市に要請しました。これが、アメリカンハウスです。*1

ハウスは、米軍によって規格化された平屋の一軒家で、全室が洋間であることと、平均10畳のリビングと庭があることを特徴としていました。*1

外壁は、水色やピンク色に塗装されています。

最近は、店舗に転用されている事例もあるようです。

武蔵小金井(看板建築展)江戸東京たてもの園

江戸東京たてもの園には、展示室があって、「看板建築展」開催中です。
看板建築は、関東大震災後、人々は、自力でバラックを建て始めましたが、このとき、バラック美しくする活動(今和次郎など)や建築家のデザインにりょう仮設商店などが建ち始め、これが後の看板建築につながったそうです。*1

本来、2階建てであるべきところ、少しでも広く使うために屋根裏部屋を設けた事例の模型が展示されています。*1

こちらは、ほぼ完全に3階建ての建物。

中央区月島の旧玩具店の建物に飾られていた、だるまの部分が移設、展示されています。

武蔵小金井(子宝湯)江戸東京たてもの園

JR中央線武蔵小金井駅北口からバスで5分。小金井公園の敷地の中に、江戸東京たてもの園があります。
江戸東京たてもの園は、1993年、現地保存が不可能な文化的価値の高い歴史的建造物を移築し、復元・保存・展示するとともに、貴重な文化遺産として次代に継承することを目的に開園しました。*1

商店などの建物が建ち並ぶ東ゾーンの奥にある銭湯の子宝湯。1929年(昭和4年)に足立区千住元町に建てられました。*2

格天井(ごうてんじょう)など、脱衣場は日本の伝統建築の空間。浴室はタイル張りなど、洋風の雰囲気が強い、いわゆる「東京型銭湯」の特徴*2 を持ち合わせています。

ガラス戸を介した縁側。*2

三鷹(喫茶店「ブルボン」)50年以上の歴史を持つ店

三鷹駅北口の中町新道沿いにある喫茶店の「ブルボン」。昭和39年の住宅地図*1 にも掲載されている店です。

レトロな外観。

非常に落ち着きます。

ナポリタンとビールを注文。ボリューム満点です。

中村(名古屋花壇跡)昭和初期の総合レジャーランド

昭和初期、太閤通りの南側の現在のNTT西日本中村ビルと中村郵便局がある場所に、総合レジャーランドの「名古屋花壇」がありました。*1

名古屋花壇(中村温泉パラダイス)は、昭和3年(1928年)に開設された遊園地で、舞台付き大食堂、遊技施設などの大規模建物と、屋外の遊園地、花壇などが設置されていました。*2

昭和4年(1929年)の世界大恐慌の影響で廃園に追い込まれました。*2

跡地は昭和12年(1937年)に中村区の仮庁舎になり、現在は中村郵便局 になっています。*2

吉祥寺(弁天湯)磨りガラスで描かれた裸婦

東急百貨店の西側。商店やブティックもまばらになり、住宅街になるあたり。吉祥寺では、よろづ湯※1 と並ぶレトロ銭湯の弁天湯があります。

弁天湯の煙突。

脱衣場の窓には、裸婦が磨りガラスで描かれています。

レトロなかさ入れ。