中村(名古屋花壇跡)昭和初期の総合レジャーランド

昭和初期、太閤通りの南側の現在のNTT西日本中村ビルと中村郵便局がある場所に、総合レジャーランドの「名古屋花壇」がありました。*1

名古屋花壇(中村温泉パラダイス)は、昭和3年(1928年)に開設された遊園地で、舞台付き大食堂、遊技施設などの大規模建物と、屋外の遊園地、花壇などが設置されていました。*2

昭和4年(1929年)の世界大恐慌の影響で廃園に追い込まれました。*2

跡地は昭和12年(1937年)に中村区の仮庁舎になり、現在は中村郵便局 になっています。*2

金津園(岐阜駅前の展望室)岐阜シティ・タワー

今回は、金津園(岐阜県岐阜市)の町並みを散歩します。岐阜駅前から見える高層マンションの「岐阜シティ・タワー」。
現代の岐阜市を象徴するランドマーク的存在です。*1

最上階の43階スカイラウンジ(地上152メートル)には、無料展望室が設けられています*1

展望室へのエレベータ搭乗口。

展望室から見えるのは、駅北側の岐阜市街や金華山で、南側はレストランになっているため、南側の展望を望むことはできません。が、わずかに金津園の一部を見下ろすことができます。

《参考文献》
*1 岐阜市:「岐阜シティ・タワー43」 43階展望室(岐阜市,) ···外部リンク···

岐阜シティ・タワー43は、JR岐阜駅から西に徒歩3分の場所にある地上43階、地下1階の超高層再開発ビルです。 …read more

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石巻(中瀬)かつては割烹も営業していた観覧場所

今回は、石巻(宮城県石巻市)の町並みと風俗を散歩します。
石巻の中瀬(なかぜ)は、北上川河口にある中州で、石巻全体のイメージを形づくっています。

東内海橋から住吉町方面(北側)の遠望。かつては、このあたりに、川に張り出したテラスを持つ中瀬の割烹「観月」が営業していて、絶好の観覧場所でした。*1

住吉公園付近から見た中瀬。

現在、中洲には、石ノ森萬画館が建設されています。

【参考文献】
*1 邉見清二:石巻・東松島・女川今昔写真帖(郷土出版社,2009)P.31

原ノ町(朝日座)大正12年、芝居小屋兼常設活動写真小屋として開館

原ノ町市街の中心部。大町1丁目にある映画館の朝日座。2014年に、国登録有形文化財となりました。

レトロな外観。

旭座は、大正12年、芝居小屋兼常設活動写真小屋として「旭座」が開館しました。落成時、坂東勝三郎、中村翫十郎の一座により「旭座舞台開き」が盛大に行われ、娯楽の殿堂としての幕が上がりました。(案内板より)

入口付近。

津和野(津和野踊り)金井君の体験

毎年8月は、津和野踊りの季節です。

鴎外の自伝的小説「ヰタ・セクスアリス」の中でも津和野踊りの様子が描かれています。

津和野踊りに見られる覆面の装飾の起源は、敵をいつわるための方策でしたが、その形をうけて、夜を踊りまくる男女にとっては、年に一度の性の刺激をいざなうあけひろげな饗宴でした。「ヰタ・セクスアリス」に登場する十歳のときの金井湛は、踊り手の会話から耳にした、愛宕の山(天神山)の男女の交歓とその後始末(猥雑な遺棄物)の朝の風景、「あそこにやあ、朝行ってみると、いろいろな物が落ちてをるげな」という媚笑の意味をはっきりとつかみ、「僕は穢い物に障ったような心持がして、踊を見るのを止めて、内へ帰った」としるしています。*1

津和野踊りのビデオ。

【参考文献】
*1 長谷川泉:長谷川泉著作選.3 鴎外「ヰタ・セクスアリス」考(明治書院,1991)P.169-P.170

茅野(新星劇場)小津映画祭の舞台

茅野駅近くになる老舗映画館「新星劇場」。2013年11月に閉館しました。*1

建物には、星のマーク。

新星劇場は、邦画が全盛期を迎えていた1957年に、地元有志が出資を募って建てた木造館で、98年からは同市で開いてきた小津安二郎記念・蓼科高原映画祭の主会場の一つとして地域の映画文化を支えました。*1

踏切脇の看板。

【参考文献】
*1 信濃毎日新聞(2013.9.30)「小津映画祭の舞台閉館へ 茅野「新星劇場」半世紀余の歴史に幕」

湯田中(パチンコ店)金の玉

新湯田中温泉の繁華街にあるひと際目立つオレンジ色の建物。

パチンコ店だったようです。

パチンコ「金の玉」の看板。

現在は、金の玉は無く、スナック店になっています。

本牧(本牧十二天緑地)戦後は米軍が接収

今回は、本牧(神奈川県横浜市)の町並みと風俗を散歩します。本牧十二天緑地は、横浜開港以来、外国人が訪れるようになった風光明媚な浜辺です。現在、その場所は公園になっていて、案内板が建っています。

戦後は、米軍に接収され、十二天山の上部には、給水タンクが設置されました。

案内板に掲示されていた「横浜全図(明治3年)」吉原遊廓が描かれています。(写真右上)

十二天山の遠望。
本牧の海は、かつては十二天の海とも呼ばれ、外国人居留民は、この海で海水浴を楽しみました。それが次第に日本人の間にも伝わり、海辺には、茶店や脱衣場が開かれるようになりました。やがては酒と女が入り込むようになり、〇〇屋、△△楼と呼ばれていた屋号が、〇〇ホテル、△△ハウスと洋風に改められ、風俗営業へと移行し、明治の中頃に「チャブ屋」と呼ばれるようになりました。*1

【参考文献】
*1 重富昭夫:横浜「チャブ屋」物語(センチュリー,1995)

瀬棚(立象山公園 )展望台からの眺める市街

 今回は、瀬棚(北海道久遠郡せたな町)の町並みと風俗を散歩します。
 瀬棚市街から見える立象山。特徴的な形をしています。

 

 立象山の頂上部分は、公園になっていて、展望台からは市街を一望できます。

 

 写真中央奥に見える直線道路の場所には瀬棚遊廓がありました。*1

 

 瀬棚遊廓があった通り。

 

【参考文献】
*1 川嶋康男:北風に遊女哀歌を聴いた(総北海ブックス,1983)P.25

磐田(中泉歴史公園)公園のベンチに門柱

磐田市田町にある中泉歴史公園は、中泉の郷士(江戸時代の武士階級)であった秋鹿(あいか)家の庭園だった場所で、公園内には、扇子池があります。*1

 

公園に設置されている案内看板。
 中泉には、明治30年に遊廓が設置され、昭和の初期の貸座敷には、常盤楼、新常盤楼、三浦楼、森徹栄、などがありました。*2
 1969年の住宅地図*3 には、現在の中泉歴史公園の北側に、森幸一、第一常盤楼、第二常盤楼、三浦楼、第三常盤楼の名があります。


このうちの1軒であったと思われる建物の入口の門柱の写真が掲示されています。


門柱に使用されていた石柱は、現在は公園のベンチとして使用されています。

 

【参考文献】
*1 磐田史談会:磐田ものがたり(谷島屋書店,1988)P.34-P.35
*2 日本遊覧社:全国遊廓案内(日本遊覧社,1930)P.219(0115)
*3 善隣出版社:磐田市住宅地図(善隣出版社,1969)

一戸(ニューハワイ)北舘

今回は、一戸(岩手県二戸郡一戸町)の町並みと風俗を散歩します。
一戸駅から駅前の通りを北東へ進み、万代橋を渡って街道から右へ折れた所にある袋町(現在の北舘)は、かつて遊廓があった場所です。*1

遊廓があった頃の歓楽街の名残でしょうか。付近にはスナックなどの飲食店が散在していたようです。*1*2

「ニューハワイ」の看板。

いらっしゃいませ。

【参考文献】
*1 一戸町町誌編纂委員会:一戸町誌 下巻(一戸町,1986)P.298,P.302
*2 日本住宅地図出版:二戸市・一戸町・浄法寺町(日本住宅地図出版,1979)P.42

犬山(旅館街)やすまるますや

犬山町は、「日本ライン」の中心地として、また、桜の名所として観光・行楽客が多く、料亭も昭和初期には40軒を上回るほどとなりました。その主なものは、彩雲閣(犬山遊園地)、岩の茶屋(犬山遊園地)、迎帆楼(西谷)、観水(西谷)、枡屋(西谷)、田中屋別館(犬山橋畔)、八勝閣(犬山橋畔)、三宜亭(犬山橋畔)、木村(犬山公園)、五月(犬山公園前)、などでした。*1
迎帆楼は、現在取り壊されて建設中です。

木曽川畔には、旅館街が形成されていました。

現在は休業中の枡屋。

右から読んでも左から読んでも、「やすまるますや」

【参考文献】
*1 犬山市教育委員会,犬山市史編さん委員会:犬山市史(犬山市,1995)P.205

栄(屋上観覧車)現存する日本最古

栄町交差点の南東の角にある名古屋三越。

屋上に遊園地があります。

屋上遊園地には、小さな観覧車があります。

現存する日本最古の屋上観覧車で、2007年に登録有形文化財に指定されました。高さ12m、直径が9.5m。2005年7月に営業を終了しました。*1

【参考文献】
*1 福井優子:ニッポンの観覧車(イカロス出版,2009)P.78

錦(風俗雑誌「シティヘブン」)厚さを10年前と比較

今回は、錦(愛知県名古屋市中区)の町並みと風俗を散歩します。
錦の風俗散歩は、前回(2006年7月)に引き続き、今回で2回目です。

10年前は、コンビニで購入した風俗雑誌「シティヘブン」の冊子の厚さに驚愕しました。*1

今回も、コンビニで「シティヘブン」を購入。しかし、10年前に比べると、冊子の厚さは、かなりスリムになっています。スマホなどの端末機器が普及したことが影響しているのでしょうか。

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【参考記事】
*1 風俗散歩(錦):風俗雑誌「シティヘブン」(2006.7)