神保町(神保町シアター)「女たちの街」名作上映中

今回は、神保町の町並みを散歩します。
神保町シアターは、古い邦画を中心に、上映している映画館です。

今月は、「女たちの街」と題し、色街、花街、ネオン街の名作17作が上映されています。

今回、鑑賞したのは、「赤坂の姉妹 夜の肌」川島雄三監督の昭和35年の作品です。

館内の壁面。


■カテゴリ 娯楽文化 神保町
■散歩事典 神保町

神田明神下(ビリヤード場「淡路亭」)創業50年の老舗

JR御茶ノ水駅の北側の外堀通り。神田川沿いに建ち並ぶ4階建ての建物※1 の裏側にあたります。

「玉台家具製作所」の木製の文字看板。昔は、ビリヤード台のことを「玉台」呼んでいたようです。

創業50年の老舗ビリヤード場です。*1

カラフルな看板。


■カテゴリ 娯楽文化 神田明神下
■散歩事典 田川 神田明神下
■参考文献
*1ワテラス: FREE AWAJI BOOK 8890 (ワテラス,2015.12)ノスタルジーに酔いながら、玉突き勝負といきましょう。 ···外部リンク···

 JR中央線の線路沿いにある古いコンクリート ビルの2階に、創業50年のビリヤード場「淡路亭」 はある。ここは …


■参考記事

市川(昭和3年の古地図)アイ・リンクタウン展望施設

市川駅前のアイ・リンクタウン展望施設は無料の展望施設です。*1
駅前からも見える※1 高層マンションの45階にあります。

展望施設のフロアに「昭和3年の市川町全景」が掲示されています。

明治18年に国府台に陸軍教導団が移転し、市川の町の発展の契機となりました。古地図には、導団が廃止されたあとに駐屯した陸軍の野戦重砲大7連隊の名が見えます。*2

市川の花柳界は戦前まで、夜の社交場、文化サロンとして賑わいました。*3
古地図には、料理屋の栃木屋、大松の名があります。


■カテゴリ 娯楽文化 市川
■散歩事典 市川
■参考文献

I-linkタウンいちかわ ザ タワーズ ウエストの45階にある当展望施設は、地上150メートルから360度の …

*2市川ジャーナル編集部: 市川風土記 (市川ジャーナル社,1974)市民の郷土史読本

P.208 商店街の形成 市川に商店が軒をならべ、商店街が形成されるには、それに応じた消費人口の増加が必要であ …

*3吉清英夫: 月刊いちかわ 2008年5月号 (エピック,2008)座談会「市川の花柳界」 ···外部リンク···

P.22-P.29 『県内にひとつとなった見番』 市川の花柳界は戦前まで、夜の社交場、文化サロンとして賑わった …


■参考記事

今治(今治ラヂウム温泉本館)登録有形文化財

今治市街の歓楽街、共栄町に残る今治ラヂウム温泉本館。その特異な外観の建物は、今治で戦前より残るランドマーク的な存在です。*1

ホテルと温泉が一体となった娯楽施設です。現在は閉館している模様です。

レンガ造りの煙突。

売店。


■カテゴリ 娯楽文化 今治
■散歩事典 今治
■参考文献

今治の中心市街地に建つ鉄筋コンクリート造銭湯施設。陸屋根の本体中央に五角形平面に六角形平面を重ねた塔屋を掲げ、 …

多度津(翁座)花柳町の真ん中にあった劇場

今回は、多度津(たどつ、香川県仲多度郡多度津)の町並みを散歩します。
多度津町立資料館には、多度津にゆかりのある文化財等の資料が収集されています。*1

「多度津のくらし」の展示コーナー

芝居小屋翁座の模型。

解説文によると、翁座は、西浜の稲荷神社下の花柳町の真ん中にあって、道頓堀の一流の劇場を模倣して建立されたそうです。
明治37,8年頃の市街図には、正一位稲荷大明神の下(妙應寺の西)に翁座の記載があります。*2


■カテゴリ 娯楽文化 多度津
■散歩事典 多度津
■参考文献
*1多度津町文化体育振興事業団: 多度津町立資料館ホームページ (多度津町文化体育振興事業団,) ···外部リンク···

多度津町立資料館は、町制施行100周年を記念して建設されたもので主として多度津にゆかりのある文化財等の資料を収 …

*2米田明三: 多度津町文化財保護協会会報第20号 (多度津町文化財保護協会,1977)「明治37年5月28日丸亀連隊の御用船へ乗船時の多度津港略図」

P.12 明治三十七、八年頃の記憶に基づく内湛浦と附近の略図


■この記事を参照している記事

福生(横田トルコ跡地)東福生駅への五差路

福生駅から東福生駅へ向かう五差路。

交差点の角には、かつて横田トルコがありました。現在は駐車場になっています。

1970年の住宅地図*1 によると、横田トルコには、「トルコレストラン」が併設されていました。

横田トルコの西隣には、横田ニューゲストホテルがありました。*1


■カテゴリ 娯楽文化 福生
■散歩事典 福生
■参考文献
*1公共施設地図航空: 福生市 1970年度版 (公共施設地図航空,1970)

武蔵野台二丁目の交差点(五差路)に、「横田トルコ」「トルコレストラン」「横田ニューゲストホテル」の記載。

中村(名古屋花壇跡)昭和初期の総合レジャーランド

昭和初期、太閤通りの南側の現在のNTT西日本中村ビルと中村郵便局がある場所に、総合レジャーランドの「名古屋花壇」がありました。*1

名古屋花壇(中村温泉パラダイス)は、昭和3年(1928年)に開設された遊園地で、舞台付き大食堂、遊技施設などの大規模建物と、屋外の遊園地、花壇などが設置されていました。*2

昭和4年(1929年)の世界大恐慌の影響で廃園に追い込まれました。*2

跡地は昭和12年(1937年)に中村区の仮庁舎になり、現在は中村郵便局 になっています。*2


■カテゴリ 娯楽文化 中村
■散歩事典 中村
■参考文献
*1横地清: 中村区歴史余話 (中日出版社,1992)

P.111 昭和初期の中村区に吉田高郎が興した総合レジャーランドの「名古屋花壇」 当時のパンフレット

*2名古屋観光コンベンションビューロー: やっとかめ文化祭 歴史まち歩き 13 中村・大門 (名古屋観光コンベンションビューロー,2015.2)名も無き人らの中村観音に遊郭跡、 歴史の光と影を今に伝えるディープなまち ···外部リンク···

旧名古屋花壇(中村温泉パラダイス)址。昭和3年(1928年)に開設された遊園地。

金津園(岐阜駅前の展望室)岐阜シティ・タワー

今回は、金津園(岐阜県岐阜市)の町並みを散歩します。岐阜駅前から見える高層マンションの「岐阜シティ・タワー」。
現代の岐阜市を象徴するランドマーク的存在です。*1

最上階の43階スカイラウンジ(地上152メートル)には、無料展望室が設けられています*1

展望室へのエレベータ搭乗口。

展望室から見えるのは、駅北側の岐阜市街や金華山で、南側はレストランになっているため、南側の展望を望むことはできません。が、わずかに金津園の一部を見下ろすことができます。


■カテゴリ 娯楽文化 金津園 展望台
■散歩事典 金津園 岐阜
■参考文献

岐阜シティ・タワー43は、JR岐阜駅から西に徒歩3分の場所にある地上43階、地下1階の超高層再開発ビルです。


■この記事を参照している記事

石巻(中瀬)かつては割烹も営業していた観覧場所

今回は、石巻(宮城県石巻市)の町並みと風俗を散歩します。
石巻の中瀬(なかぜ)は、北上川河口にある中州で、石巻全体のイメージを形づくっています。

東内海橋から住吉町方面(北側)の遠望。かつては、このあたりに、川に張り出したテラスを持つ中瀬の割烹「観月」が営業していて、絶好の観覧場所でした。*1

住吉公園付近から見た中瀬。

現在、中洲には、石ノ森萬画館が建設されています。


■カテゴリ 娯楽文化 石巻
■散歩事典 中洲 石巻
■参考文献
*1邉見清二: 石巻・東松島・女川今昔写真帖 (郷土出版社,2009)

P.31 写真:中瀬から望楼方面を望む(昭和37年)

原ノ町(朝日座)大正12年、芝居小屋兼常設活動写真小屋として開館

原ノ町市街の中心部。大町1丁目にある映画館の朝日座。2014年に、国登録有形文化財となりました。

レトロな外観。

旭座は、大正12年、芝居小屋兼常設活動写真小屋として「旭座」が開館しました。落成時、坂東勝三郎、中村翫十郎の一座により「旭座舞台開き」が盛大に行われ、娯楽の殿堂としての幕が上がりました。(案内板より)

入口付近。


■カテゴリ 娯楽文化 原ノ町
■散歩事典 原ノ町

津和野(津和野踊り)金井君の体験

毎年8月は、津和野踊りの季節です。

鴎外の自伝的小説「ヰタ・セクスアリス」の中でも津和野踊りの様子が描かれています。

津和野踊りに見られる覆面の装飾は、夜を踊りまくる男女にとっては、年に一度の性の刺激をいざなうあけひろげな饗宴でした。「ヰタ・セクスアリス」に登場する十歳のときの金井湛は、愛宕の山(天神山)の男女の交歓とその後始末(猥雑な遺棄物)の意味をはっきりとつかみ、「僕は穢い物に障ったような心持がして、踊を見るのを止めて、内へ帰った」としるしています。*1

津和野踊りのビデオ。


■カテゴリ 娯楽文化 津和野 森鴎外 津和野踊り
■散歩事典 津和野
■参考文献

P.169-P.170 津和野踊りに見られる覆面の装束は、敵をいつわるための方略であったが、その形をうけて、夏 …

茅野(新星劇場)小津映画祭の舞台

茅野駅近くになる老舗映画館「新星劇場」。2013年11月に閉館しました。*1

建物には、星のマーク。

新星劇場は、邦画が全盛期を迎えていた1957年に、地元有志が出資を募って建てた木造館で、98年からは同市で開いてきた小津安二郎記念・蓼科高原映画祭の主会場の一つとして地域の映画文化を支えました。*1

踏切脇の看板。

【参考文献】
*1 信濃毎日新聞(2013.9.30)「小津映画祭の舞台閉館へ 茅野「新星劇場」半世紀余の歴史に幕」


■カテゴリ 娯楽文化 茅野
■散歩事典 茅野 長野

本牧(本牧十二天緑地)戦後は米軍が接収

今回は、本牧(神奈川県横浜市)の町並みと風俗を散歩します。本牧十二天緑地は、横浜開港以来、外国人が訪れるようになった風光明媚な浜辺です。現在、その場所は公園になっていて、案内板が建っています。

戦後は、米軍に接収され、十二天山の上部には、給水タンクが設置されました。

案内板に掲示されていた「横浜全図(明治3年)」吉原遊廓が描かれています。(写真右上)

十二天山の遠望。
本牧の海は、かつては十二天の海とも呼ばれ、外国人居留民は、この海で海水浴を楽しみました。それが次第に日本人の間にも伝わり、海辺には、茶店や脱衣場が開かれるようになりました。やがては酒と女が入り込むようになり、〇〇屋、△△楼と呼ばれていた屋号が、〇〇ホテル、△△ハウスと洋風に改められ、風俗営業へと移行し、明治の中頃に「チャブ屋」と呼ばれるようになりました。*1

【参考文献】
*1 重富昭夫:横浜「チャブ屋」物語(センチュリー,1995)

瀬棚(立象山公園 )展望台からの眺める市街

 今回は、瀬棚(北海道久遠郡せたな町)の町並みと風俗を散歩します。
 瀬棚市街から見える立象山。特徴的な形をしています。

 

 立象山の頂上部分は、公園になっていて、展望台からは市街を一望できます。

 

 写真中央奥に見える直線道路の場所には瀬棚遊廓がありました。*1

 

 瀬棚遊廓があった通り。

 

【参考文献】
*1 川嶋康男:北風に遊女哀歌を聴いた(総北海ブックス,1983)P.25