郡山(郡山ミュージック)世界のバーレスクシアター

郡山駅の南側の閑静な通りに、”世界のバーレスク”と謳われた「郡山ミュージック」*1 があります。

花電車ショー、SMショーなどの楽しい企画の他、毎週日曜日には、観客参加の大喜利なども企画されました。*1

入口付近。

お客様本位であることが、伝わってくる看板。

【参考文献】
*1 児玉貞治朗:ストリップ全解(大洋書房,2000)P.3-P.5

郡山(堂前町)南側にある盛り場

駅から南側に徒歩10分ぐらいのことろにある堂前町に、盛り場があります。

レトロな建物の居酒屋。

中華店などが入る長屋風の建物。
赤線研究家の木村聡さんは、堂前町の盛り場について、「赤線地帯の一つだったのではないか。」と推察しています。*1

ある店の入口付近。

【参考文献】
*1 木村聡:消えた赤線放浪記(ミリオン出版,2005)P.104

郡山(赤木町遊廓跡)大門だけが残っています。

郡山市街から少し離れた高台の赤木町にはかつて遊廓があり、現在は遊廓の大門だけが残されています。*1

「明治参拾四年九月建立」と書かれています。

周囲は、マンションなどの住宅街となっています。

門を通る車。

【参考文献】
木村聡:消えた赤線放浪記(ミリオン出版,2005)P.108

郡山(大勝館)駅前商店街の成人向け映画館

今回は、郡山(福島県)の町並みと風俗を散歩します。
駅前から、商店街が続いています。

商店街を5分ほど歩いた所に、成人向け映画館の「大勝館」があります。

かなり目立つ大きな看板。

映画館の入口付近に、ホモちゃんマーク*1 入りの森永牛乳の保冷箱がありました。

【参考記事】
*1 風俗雑感:ホモ牛乳

新庄(あけぼの町飲食店街)昭和レトロ感そのままです。

あけぼの町飲食店街。建物をよく見ると木造3階建てです。

こちらの建物も3階建てのように見えます。

3階建ての建物の中に店が3つ入っています。「新宿ゴールデン街」1や「かんなみ街」2にも負けないくらいのレトロ感です。

建物の裏側はこんな感じです。

【参考記事】
*1 風俗散歩:新宿ゴールデン
*2 風俗散歩:かんなみ街

新庄(あけぼの町飲食店街)昭和の雰囲気が漂います。

整備された新庄駅前(西口)から徒歩3分ほどのところ(若葉町のあたり)に、飲み屋街があります。

大きなアーチがあります。なぜか道路に対して横向きに設置されています。ビール会社の看板が賑やかです。

3階建ての建物もあります。

路地は、昭和の雰囲気が漂っています。

新庄(新庄駅の公衆トイレ)貼り紙があります。

今回は、新庄(山形県)の町並みと風俗を散歩します。
新庄駅は、近代的な駅舎です。駅前も綺麗に整備されています。

駅舎は大きく、立派です。中に公衆トイレがあります。

女子トイレ側に貼り紙があります。

不健全なトイレ使用が女子トイレ側で目立っている模様です。
このような貼り紙は、西新宿*1 や池袋*2 でも見かけたことがありますが、具体的にどういう行為が不健全なのかについては、書かれていません。

【参考記事】
*1 風俗散歩:西新宿の公衆トイレ
*2 風俗散歩:池袋の自然観察公園

酒田(海鮮市場の食堂)ボリュームのある海鮮丼

酒田港近くのフェリー乗り場に海鮮市場があります。

水揚げされたばかりの魚が並べられています。

海鮮市場の2階に食堂「とびしま」があります。
赤線跡研究家の木村聡さんは、「秋田紀行 遊廓跡をたずねて」の中で、酒田を訪れたときの感想を「料亭「小幡」を発見したことと、食堂「とびしま」の海鮮丼の味とボリュームに感激したことが最大の収穫」と述べています。*1

私も同じ海鮮丼を注文(1,050円)してみました。ごはんは少なめですが、刺身のボリュームは凄いです。

【参考文献】
*1 木村聡:歴史の中の遊女・被差別民(新人物往来社,2006)「秋田紀行 遊廓跡をたずねて」P.293

酒田(日和山公園周辺)種類が豊富です。

ある古い民家の入口付近。

鹿野牛乳の牛乳箱。六ツ葉のクローバー?とでも呼べそうな特徴のあるマークです。真ん中の「K」は、鹿野の「K」でしょうか。

菊水旅館の裏口にあった伊藤牛乳の牛乳箱。牛のマークです。

酒田の牛乳箱は、種類が豊富です。ある旅館の入口にあった田村牛乳の牛乳箱。可愛らしい女の子のキャラです。

酒田(日和山公園の元料亭「小幡」)庄内随一の料亭の跡です。

日和山公園に、料亭「小幡(こはた)」の建物が残っています。*1
料亭「小幡」は、昭和4年刊行の「全国花街めぐり(松川二郎著)」に、「山海の景勝をあつめて眺望絶佳設備また最もよく整ひ、庄内随一といはれる代表的料亭」と写真入りで紹介されています。*2

建物の左側半分は、レンガ造りの洋風の建物で、右側半分は和風の建築です。

下から見上げると迫力があります。

現在は、休業中ですが、営業していた当時の看板が残されています。

【参考文献】
*1 木村聡:歴史の中の遊女・被差別民(新人物往来社,2006)「秋田紀行 遊廓跡をたずねて」P.292
*2 松川二郎:全国花街めぐり(誠文堂,1929)P.697

酒田(菊水旅館)遊廓があった場所です。

日和山公園の東側、船場町の菊水旅館付近は、かつて遊廓があった場所です。*1

菊水旅館。

付近は、近代的な建物にばかりで、昔の妓楼のような建物は残っていません。

船場町からさらに道を下っていくと、酒田港へ出ます。

【参考文献】
*1 木村聡:歴史の中の遊女・被差別民(新人物往来社,2006)「秋田紀行 遊廓跡をたずねて」P.292

酒田(村社稲荷神社)旧高野浜の表示があります。

今回は、酒田(山形県酒田市)の町並みと風俗を散歩します。
最上川の河口に位置し、庄内米をはじめとする水運で栄えた酒田には、もともと遊所が3ヶ所ありました。文化10年(1813年)、港に面した船場町と、市街の中央にある今町(現在の日吉町)がまず公許され、次に郊外の高野浜も公許されましたが、明治27年の庄内大地震後、高野浜一ヶ所に統合され、娼妓と芸妓の両方を置く新しい遊廓が作られました。*1
北新町に、村社稲荷神社があります。

道路に面した掲示板のところに、旧町名を示す柱が立っていて、このあたりが高野浜であることがわかります。

稲荷神社の中に、「弘法大師の腰掛石」というのがあります。

掲示板には、弘法大師がこの石の上に腰をおろし、海岸の風景を望見し「高野浜」と命名したと書かれています。

【参考文献】
*1 木村聡:歴史の中の遊女・被差別民(新人物往来社,2006)「秋田紀行 遊廓跡をたずねて」P.290-P.291

加茂(加茂港遊廓跡地)緑町

今回は、加茂(山形県鶴岡市)の町並みと風俗を散歩します。鶴岡駅からバスに乗り、加茂港の手前の加茂緑町に着きました。
享和3年(1803年)、幕府は、鶴岡、酒田に加えて加茂の旅籠屋のみに遊女を置くことを許可しました。明治10年頃には、水戸屋、平屋、松代屋、小松屋、茂沢屋、吉川屋、うなぎ屋、笹屋のいわゆる女郎屋と呼ばれる家が8軒ありました。わずか500戸足らずの加茂に遊女を置くことが許可されたのは、船での人の出入りが非常に多かったためです。*1

吉川屋、うなぎ屋、小松屋があったあたり。*1
昭和59年までは、2軒の妓楼跡の建物が残っていました。*2
現在はその面影はまったくありません。

路地に入ると古い民家が残っています。

ここから少し歩くと、日本海に出ます。

【参考文献】
*1 加茂郷土史編纂委員会:加茂港史(1966)P.388,P.390
*2 秋野庸太郎:聞き書加茂湊遊廓(みちのく豆本の会,1991)口絵

新潟(料亭「鍋茶屋」)創業は明治維新の前夜です。

古町八番町を折れて東新道の通りに入ると、昭和のはじめころの花街の情緒がただよってきます。ここに大きく位置を占める料亭「鍋茶屋」の白い壁が印象的です。

料亭「鍋茶屋」の歴史は古く、創業は明治維新の前夜。黒船が来港し、新潟港が横浜、神戸、函館、長崎などとともに国際港化を迫られてきた前後でした。*1

料亭の入口近くに人力車が置いてあります。門前で人力車を降りる芸者さんの姿が目に浮かぶようです。

東堀前通りから、料亭の建物の裏側を見たところ。

【参考文献】
*1 新潟日報事業社:新潟芸妓の世界(1973,新潟芸妓)P.13

新潟(門の湯)遊廓跡の入口にある銭湯です。

十四番町の遊廓跡の通りの入口のあたりに、銭湯があります。遊廓跡には銭湯があることが多いですが、ここでも例外ではないようです。

入口は平凡な雰囲気です。昼1時半から営業しています。

建物の側面。2階建てなのか、3階建てなのか、内部の構造がどうなっているのか知りたくなります。

脱衣場にはロッカーがありません。貴重品は番台で預かってくれます。

新潟(十四番町)妓楼だったと思われる建物

新潟市十四番町遊廓は、本町通り十四番町、四ツ谷町一丁目、東堀町十三番町、寄附町西受地町、にまたがっていました。*1
寄附町は、現在は住宅街になっています。


「赤線跡をあるく2」に掲載されている「妓楼の跡と思われる建物」*2 が現在も残っています。


正面からみると、どっしりとし風格のある建物です。


側面から見たところ。


【参考文献】
*1南博:近代庶民生活誌.第14巻「全国遊廓案内」(三一書房,1993)P.94
*2木村聡:赤線跡を歩く2(自由国民社,2002)P.105