立川(錦町)赤線跡

立川には、羽衣町と錦町の二ヶ所に赤線地帯がありました。1
錦町は、JR立川駅から東側に歩いて10分ほどの所にあります。昭和27年刊行の風俗雑誌
2 には、「錦町の赤線の建物は洋風のカフエー式で、女達はいずれも洋装、ドレスを引きずっている女もいるし、またぐらまで見えるようなショートパンツの女の子もいる。若い16、7のあどけないのから、23、4の脂ののりきった連中が、ガムを噛みながらきゃッきゃッと男達の腕にからみついてくる。」と当時の様子が紹介されています。

錦町楽天地のメインストリート。

現在は閑静な住宅街になっています。

電柱の地域表示。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く(自由国民社,1998)P.52-P.53
*2 人情講談(睦書房,1952.9)P.162「東京赤線地帯・現地ルポ」

立川(高松町)シネマ通り。

立川駅南口のシネマ通りは、戦後米兵たちで賑わった通りですが、*1 現在は、商店街になっています。

赤線跡を歩く*1 に掲載されている四角形の窓を持つスナックがあります。

 

 

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く(筑摩書房,2002)P.99

立川(大人のコンビニ)1階にコンビニ、2階に大人のコンビニ

今回は、立川(東京都)の町並みと風俗を散歩します。JR立川駅南側は、繁華街になっています。

故意か偶然か、1階にコンビニ、2階に大人のコンビニ。

1階のコンビニの横に大人のコンビニ(2階)とビデオ鑑賞(3階)の入口があります。

大人のコンビニは、当然のことながら、18歳未満及び高校生は入店できません。

赤羽(明店街)「通りぬけ」の看板

今回は、赤羽(東京都北区)の町並みを風俗を散歩します。
JR赤羽駅近くには、たくさんの路地や横丁があります。そのうちの一つ。明店街。

商店が並ぶ路地。

「ミルクホール」の看板のあるお店。牛乳屋さんではなさそうです。

「通りぬけ」の看板。

渋川(寄居の小路)完璧な路地。

寄居の表通り。ここに路地の入口があります。

「東京サイハテ観光」*1 の中里さんは、この小路のことを「すぐに終わる短い道だが、トタンにモルタル、色もいいし、それにカーブもあり、ここには路地の要素がギュッと詰まっている。」と評しています。

スナック群は数年前に店を閉めましたが、そうと知らなければ今夜も店が開くと思うほどのそのままの状態です。*1

まるで文化財として保存しているかのようです。

【参考文献】
*1 中野純,中里和人:東京サイハテ観光(交通新聞社,2008)P.79-P.78

渋川(寄居の花街跡)かつては、とても栄えていました。

 四つ角の北側の寄居付近は、旧花街で、かつては3軒の映画館が並び、とても栄えていました。*1

当時の名残と思われる和風の建物があります。

かなり大きな建物です。

現在は区画整理中のため、あちこちに更地が広がっています。更地の中に古い建物が散在する奇妙な光景です。

【参考文献】
*1 中野純:東京サイハテ観光(交通新聞社,2008)P.76-P.77

渋川(松乃湯)四つ角付近の銭湯

渋川の四つ角と呼ばれる交差点の近く。古い銭湯の建物があります。左側は和風建築、右側はコンクリート製です。

大きな建物です。上部の装飾に特徴があります。

入口付近。休業中であるのが残念。

煙突。

渋川(渋川駅前の白ポスト)大型です。

今回は、渋川(群馬県渋川市)の町並みと風俗を散歩します。
渋川は、伊香保温泉の入口に位置する町です。渋川駅からは、赤城山が望めます。

渋川駅前。

「悪書追放」と大きく書かれた白ポストがあります。

幅も奥行きもたっぷりサイズの大型です。隣のコインロッカーと比べるとその大きさがわかります。

宇都宮(宇都宮遊廓跡地)電柱に残る新地の文字

「全国遊廓案内」によると、宇都宮城址の南側の河原町に、宇都宮遊廓がありました。*1
昭和11年発行の「宇都宮市街付近図」*2 には、格子状に区画された道路に「遊」、「廓」の2文字が記されています。
その遊廓の名残でしょうか。格子状に区画された道路の北側に「しんち食堂」という名の食堂があります。

格子状に区画された道路を東側から見た所。付近の道路と比べ明らかに道幅が広くなっています。

外郭の道路から見ると、遊廓があった場所(写真右側)は高台になっています。

「新地」の名が残る電柱。

【参考文献】
*1 南博:近代庶民生活誌第14巻(三一書房,1993)P.26-P.27
*2 宇都宮市街付近図(1936年(昭和11年)発行)

宇都宮(街頭消火器)旧新地近くの民家

宇都宮城址近くの旭二丁目。静かな住宅街です。
宇都宮の赤線は、中河原(現在の中央五丁目)と「新地」の2ヶ所にありました。*1

木造2階建ての民家。

「赤線跡を歩く(ちくま文庫版)」*2 に写真が掲載されている街頭消火器のある家です。
木村聡さんは、中河原のバーのママさんから聞いた情報をもとに、「新地」はこのあたりにあったとしています。*2

「街頭消火器」の名にふさわしい、大型の箱です。

【参考文献】
*1 渡辺寛:全国女性・街ガイド(季節風書店,1955)P.103
*2 木村聡:赤線跡を歩く(筑摩書房,2002)P.175

宇都宮(釜川沿いのスナック)カフエーのプレートがあります。

宇都宮市街の中央を流れる釜川沿いにある本町はクラブなどが建ち並ぶ繁華街です。

2つの店舗が同居している建物です。左側の店は、1階用の2階用の2つの入口があります。

建物の奥行きは、2メートル程でしょうか。1階から2階へ上がる階段がどうなっているのか興味があります。建物の角には、看板が取り付けられていたと思われる金具の跡が残っています。

「カフエー」のプレート。「赤線跡を歩く」*1 に写真が掲載されている中河原(中央5丁目)のカフエーのプレートと同じタイプのものです。

宇都宮(江野町横丁)花街だった場所です。

宇都宮の盛り場は、東武宇都宮駅の近くのオリオン通りの周辺にあります。
かつての花街であった江野町には、その名残とも思われるスナック街があります。

狭い路地を行くと、古びたスナックがあります。

この路地を進んだ奥には、ソープランドがあります。

ソープランド街の近くにあるスナック。

宇都宮(新幹線沿いのラブホテル群)宇都宮の名物です。

今回は、宇都宮(栃木県宇都宮市)の町並みと風俗を散歩します。
宇都宮の名物と言えば餃子ですが、餃子以上に有名なのが、新幹線沿いのラブホテル群です。東京方面から東北新幹線に乗って宇都宮駅に到着する間際、車窓から大規模なラブホテル群が目に入ります。
実際にその現場(宇都宮市簗瀬)へ行ってみました。新幹線の高架のすぐ隣に、ホテル「ガイア」があります。

お城のような塔を持つラブホテル。

平成通りと新幹線が交差するあたりにあるホテル「ノーブル」。

ホテル「La MIEUX(ラミュウ)」。最上階の特別室からの眺めは、さぞかしすばらしいことでしょう。
豪華ラブホテルの脇を新幹線が走り抜ける光景は、未来都市を思わせます。

東北新幹線が開業した1982年の住宅地図*1 で確認すると、この頃新幹線の高架沿いにラブホテルは無く、やや離れたところに、ホテル「アローハ」とホテル「エスボヌール」の2軒があったのみでした。その後、新幹線の高架沿いを中心に大規模なラブホテル街が形成されたようです。
【参考文献】
*1 宇都宮市(南部版)(日本住宅地図出版,1982)