博多(築港寄せ場)「タチンボ」

築港寄せ場は、1950年代初頭に形成されはじめました。寄せ場とは、路上労働市場(タチンボ)とそれを取り囲む日雇い労働者相手の簡易宿や食堂などからなる空間のことです。*1

このあたりに、築港寄せ場がありました。*1
現在は、それらしい施設は見あたりません。

信号より手前で港湾労働者の手配が、信号より奥で土木・建設労働者の手配がそれぞれ行われていました。*1

「タチンボ」付近。*1
現在は、コンビニの駐車場になっています。

*1 島村恭則:〈生きる方法〉の民俗誌(関西学院大学出版会,2010)P.227-P.239

博多(大浜の赤線跡)タイルの装飾

今回は、博多の町並みと風俗を散歩します。
博多の赤線は、新柳町の他に、海岸寄りの「大浜」にもあって、120軒に450名の女性がいました。*1

現在は、この界隈は、オフィスビルと住宅が混在する町並みになっています。

窓枠がタイルで装飾されています。

小さな窓にも装飾が施されています。*2

【参考文献】
*1 渡辺寛:全国女性街・ガイド(季節風書店,1955)P.187-P.189
*2 木村聡:赤線跡を歩く2(自由国民社,2002)P.37

大川(遊廓跡)旧「筑紫亭」。

若津の弥生町は、明治23年に若津上町、本浜町、西浜町一帯の廓を集めて、新しい遊興の場として成立した町でした。遊廓の数は20軒、遊女の数は120人ほどでした。*1

旧遊廓の「筑紫亭」。立派な建物です。

今は舞踊教室として使われているようです。

建物に「筑紫亭」の名前が残されています。

【参考文献】
*1 大川市教育委員会:大川の民俗(大川市教育委員会,2002)P.37-P.38

大川(見返橋)弥生町遊廓の入口

旧国鉄佐賀線の跡地は、現在は道路になっています。向こう側に昇開橋が見えます。

ゆるやかにカーブを描く旧線路沿いの北側に、昔は幅2メートル足らずの下水溝があって、この溝と若津西浜町通りと交差するところに、小さな石の橋が架かっていました。*1

この橋は、「見返り橋」といって、今はもうなくなっていますが、袂石(たもといし)だけが残されています。この橋は、港湾道路として舗装されたとき、取り除かれて姿を消したのですが、地元の人の「橋の名を刻んだ柱だけは、ぜひ残しておいて」と懇願したのが、聞き入れられて石だけが残されたものです。橋の袂に建っているほんとうの名は「男柱」といいます。左の男柱には、「明治三十三年7月...」と橋が改築された年月が刻まれています。*1

右の男柱には「見返橋」と漢字で刻まれています。ここから100mぐらい先に、明治23年に移転して出来た弥生町遊廓の入口のがあり、かつては、御影石の高い柱が建っていました。見返橋は、「一夜妻」との別れを惜しむのに格好の境でした。*1
男柱は、かつての若津の繁栄を偲ぶよすがとして現在も残されています。

【参考文献】
*1 おおかわ文庫編集委員会:大川風土記(おおかわ文庫編集委員会,1982)P.157-P.159

大川(筑後川昇開橋)鉄道用可動式橋梁

今回は、大川(福岡県大川市)の町並みと風俗を散歩します。

大川の象徴とも言えるのが、筑後川昇開橋(ちくごがわしょうかいきょう)です。

国鉄佐賀線の鉄道用可動式橋梁として昭和10年に建設されました。現在は、重要文化財および機械遺産に指定されています。

夜になるとライトアップされます。

玉名(玉名温泉券番跡地)温泉大通り

玉名温泉は、熊本県菊池川流域の菊池温泉、山鹿温泉などとともに、「菊池川温泉郷」の一つの温泉町です。

温泉大通り。かつてのこの付近には「玉名温泉券番」がありました。

玉名温泉券番があったあたりは、現在は温泉大通りが拡幅されていて、当時の面影はありません。

玉名温泉の看板。

【参考文献】
*1 善隣出版社:玉名市・岱明町・横島町・天水町・玉東町(善隣出版社,1971)P.25

玉名(駅前の白ポスト)しげきの強い本

今回は、玉名(熊本県玉名市)の町並みと風俗を散歩します。
玉名駅前には、日本一の大梵鐘(ぼんしょう)である蓮華院誕生寺奥之院の「飛龍の鐘」を再現したオブジェがあります。

大梵鐘のオブジェの支柱の脇に、白ポストが設置されています。

ポストも子供を守る協力者です。

「しげきの強い本」と解りやすい言葉で表現されています。

山鹿(上市町の遊廓跡地)赤線跡を彷彿とさせる凝った意匠のスナック店

山鹿には、1917年より「山鹿検番」が設置され(場所は、現在の「千代の園酒造(株)」の東側あたり)、各旅館などへ芸妓を派遣する円滑な仕組みが出来上がっていました。検番設置の背景としては、山鹿温泉における歓楽的要素を求める需要ないしは必要性がありました。昭和初期の山鹿には、100名を超える芸妓がいて、北部九州から多くの歓楽客が訪れました。また、山鹿の町の一角(現在の上市町付近)には、遊廓街がありました。*1

現在の遊廓跡地は、住宅地になっていますが、ところどころに古びた飲食店の建物が残っています。

赤線跡を彷彿とさせる凝った意匠のスナック店。かつての山鹿の殷賑さが伝わってきます。

大胆なデザインの入口。

【参考文献】
*1 大山 琢央:温泉地域研究(2008.3.)「近代における熊本県山鹿温泉の形成過程」P.48,P.50

山鹿(家族温泉「再会」)個室浴場

山鹿温泉には、家族温泉と呼ばれる公衆浴場があります。

スナックなどでよく見かける「再会」という屋号の家族温泉です。

銭湯とは異なり、男湯、女湯の区別はありません。その代りすべて個室になっていて、料金は二人で500円が基本。まるでモーテルのような造りです。

個室の中はシンプルです。脱衣場と源泉かけ流し温泉の風呂場があるのみです。

山鹿(スナック街)国道沿いの歓楽街

今回は、山鹿(熊本県山鹿市)の町並みと風俗を散歩します。
山鹿温泉は、九州指折りの温泉地で、江戸時代から続く芝居小屋の八千代座や山鹿温泉の元湯である「さくら湯」(現在建て替え中。11月23日に開湯予定)などの観光名勝もあります。
近代的なホテルの周辺には、歓楽街もあります。

国道325線沿いにあるスナック街には、艶っぽい雰囲気が漂います。

「艶」という名前の居酒屋。

風情のある飲み屋小路。