田川(田川遊廓跡地)栄町

田川の女性街は、田川伊田駅と田川後藤寺駅を結ぶ通り沿いの栄町にありました。

五木寛之の「青春の門」では、主人公の信介の母タエは栄町のカフェで働いていたという設定です。

町の東のはずれにある古い建物。

女性街だったと思われる通りは、現在は住宅街となっていて当時の面影はありません。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く2(自由国民社,2002)P.54-P.55

田川(香春岳)「青春の門」の舞台

今回は、田川(福岡県田川市)の町並みと風俗を散歩します。
香春岳は、五木寛之の自伝的な大河小説「青春の門」の舞台となった山です。
筑豊編では、主人公の信介が”せんずり”を教え込まれる場面など数多くの性的描写が登場します。

南寄りの峰から一の岳、二の岳、三の岳とつづきます。

JR日田彦山線の香春駅を下車すると、駅前には、貝原益軒(1630-1714)が書いた紀行文「豊國紀行」の一節を彫った石碑があり、石碑の向こう側には、一の岳が見えます。

三の岳頂上から見た二の岳。左側にわずかに見える白い部分が、石灰岩の採掘で山容が変わった一の岳です。

――――――――五木寛之「青春の門」冒頭部分の抜粋――――――――
香春岳は異様な山である。けっして高い山ではないが、そのあたえる印象が異様なのだ。標高にくらべて、実際よりはるかに巨大な感じをうけるのは、平野部からいきなり急角度でそびえたっているからだろう。雲の低くたれこめた暗い日など、それは膿んで崩れた大地のおできのような印象を見る者にあたえる。それでいて、なぜかこちらの気持ちに強く突き刺さってくる奇怪な魅力がその姿にはあるようだ。


■カテゴリ 文学 田川
■散歩事典 田川

小倉(旦過市場)約120の店舗

旦過市場は、今や北九州観光の拠点でもあります。2012年8月現在、旦過市場には約120の店舗があります。韓国や中国からの観光客も多く、映画の撮影に使われることもあります。*1

昭和の薫り漂う商店街。

奥まった場所にあるホルモンの店。

野菜市場の一画。

【参考文献】
*1 毎日新聞西部本社報道部:北九州市50年の物語(石風社,2013)P.138-P.141


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■散歩事典 小倉

小倉(旦過市場)1962年にアーケードが完成

北九州の台所と呼ばれる旦過(たんが)市場は、大正時代に商いが始まったといわれています。戦中は中断しましたが、戦後は庶民を相手に生鮮食品を売る市場として再開。1962年にアーケードが完成し、今の形ができました。*1

旦過市場はモノレールと神嶽(かんたけ)川に囲まれた場所にあります。

旦過市場の店舗は、神嶽川にせり出して建っています。

南側の入口。

【参考文献】
*1 毎日新聞西部本社報道部:北九州市50年の物語(石風社,2013)P.138-P.141


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■散歩事典 旦過市場 小倉

小倉(レンタルルーム)35年にわたり営業

今回は、小倉(福岡県北九州市)の町並みと風俗を散歩します。
小倉駅前に入口のある大丸ビル名店街は、古くからの飲食店などが軒を連ねる小路です。

レンタールルーム「キーロック」。入口の看板を見る限り、ビデオボックスです。看板には、「ビデオテープがベッド付きの個室で見れます。」と書かれており、宿泊もできるようです。
昭和54年の開店以来、35年にわたり殿方の憩いの場所として営業してきましたが、2014年1月閉店しました(貼り紙より)。

2階には、キャバレーがあったようです。

レトロな雰囲気の入口の階段。


■カテゴリ ホテル 小倉
■散歩事典 小倉

西川口(和風旅館)駅の北東側

西川口駅の北東側は、ラブホテルが密集するエリアですが、その中に混じって和風の旅館だった建物が残っています。

現在は営業していないようですが、かつての風情は残されたままです。

旅館「あしび」。

旅館としての営業は継続しているようです。


■カテゴリ 旅館 西川口
■散歩事典 西川口

西川口(線路沿いのラブホテル)恰好の撮影ポイント

今回は、西川口(埼玉県川口市)の町並みと風俗散歩します。
JR京浜東北線の西川口を発車した直後の車窓からは、線路沿いに建ち並ぶラブホテルを目にすることができます。

都内には、日暮里や巣鴨など、線路沿いにラブホテルが立地する場所がありますが、西川口もこの例にならっているようです。

京浜東北線と東北本線が並走する長い直線コースは、鉄道ファンにとっても恰好の撮影ポイントです。

ラブホテルの前の電車が走り抜けます。


■カテゴリ ホテル 西川口
■散歩事典 西川口

川口(喜楽湯)仲一商店街

川口西公園の北側にある仲一商店街。緩やかにカーブえ描く商店街の先に、銭湯の喜楽湯の建物が見えてきます。

入口付近は綺麗にリニューアルされています。

油田型の煙突。

近くには、仲一商店街のレトロな看板がありますが、現在は商店街と言えるような賑わいはありません。


■カテゴリ 銭湯 川口
■散歩事典 川口

川口(子供像)川口西公園。

川口西公園は、川口駅西口前にある大規模公園です。
ここには、銅像が多数設置されています。

公園の北側に設置されている「家族」というタイトルの作品。中央に子供像、後方に両親の像。股間の形状の違いから、右側が母親の像であることが解ります。

後ろ側から。

子供像。


■カテゴリ 美術 川口
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川口(新地跡)乙種料理店

昭和15年の資料*1*2 によると、川口の乙種料理店(新地)は、幸町2丁目にありました。
現在は、商店街となっています。

乙種料理店の鶴亀があった場所。*2

同じく、乙種料理店の大坂屋があった場所*2 は、現在はスーパーになっています。

新地組合事務所があった場所*2 は、現在は公園になっています。

【参考文献】
*1 川口商工會議所:川口商工人名録 昭和15年版 (川口商工會議所,1940)P.135-P.137
*2 都市地図社:川口市住宅地図 幸町二丁目11.B(都市地図社,1940)

川口(ストリップ劇場跡地)川口DX劇場

昭和40年代、川口が鋳物の町として栄えていた頃は、ストリップ劇場の全盛期でした。川口DX劇場は、最初は、交番の前にありました。*1
1970年の住宅地図*2 には、交番前に「川口ミュージック劇場」の記載があります。
近隣では、西川口のテアトル劇場が低料金でお客を集め、一方、蕨のワラビミニ劇場がハードな内容でお客を集め、この二つの劇場が他を圧倒していました。

その後、川口DX劇場は、のちの大蔵映画館の隣のボウリング場跡に、以前より小屋を大きくして立て直されました。現在の郵便局の前の駐車場がその跡地です。

オークラ映画館跡地。当時の名残でしょうか。駐車場の名前は、「川口オークラ駐車場」となっています。

写真右奥の交番前が「川口ミュージック劇場」があった場所(交番前)。写真左手前は、川口DX劇場があった場所。

【参考文献】
*1 川上譲治:書籍さらばストリップ屋(朝日新聞社,1988)P.53-P.54
*2 住宅地図出版社:川口市南部(住宅地図出版社,1970)P.72


■カテゴリ 劇場 川口
■散歩事典 川口

川口(鋳物工場跡地)「キューポラのある街」の面影

今回は、川口(埼玉県川口市)の町並みと風俗を散歩します。
近年の川口は、開発が進み、高層マンションが林立する町並みとなっていますが、かつては鋳物工場の街でした。映画「キューポラのある街」では川口でロケが行われ、当時の町並みが映画の中に記録されています。

現在は、鋳物工場があった頃の名残はほとんどありませんが、高層マンション「リビオタワー川口ミドリノ」の敷地には、「こしき」と呼ばれる当時の小型の炉が保存設置されていて、当時を偲ぶことができます。

「鋳物の街」の案内板。

こしき(小型の炉)。


■カテゴリ 生業·産業の町 川口
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浦和(新開地)東仲町

「全国遊廓案内」*1 によると、浦和の遊廓は、 「埼玉県浦和町字中野原新開地にあって、鉄道は東北線浦和駅で下車、浦和町の東、鉄道線路の東方(向ふ側)にあって、乙種料理店の集合」でした。
中野原(中ノ原)は、その後、高砂町5丁目→東仲町(現在)へと町名変更されました。*2*3
昭和11年の「最新浦和町案内全図」*4 に「新開地」と記された場所があります。現在の東仲町の住宅街です。

旧「新開地」のT字路から北側を見たところ。

大通り側から新開地の方角を見たところ。

T字路からは、浦和駅東口駅前の浦和パルコが見えます。

【参考文献】
*1 南博:近代庶民生活誌14(三一書房,1993)P.23-P.24 「全国遊廓案内」
*2 浦和市総務部市史編さん室:浦和市史第4巻(浦和市,1982)
*3 浦和耕地整理組合:浦和古地図集[複製]4 埼玉県浦和耕地整理組合確定図(浦和耕地整理組合,1934)
*4 小森又三郎:浦和古地図[複製]5 最新浦和町案内全図(小森又三郎,1932)

浦和(調宮劇場跡地)浦和で二番目に古い映画館

調神社(つきじんじゃ) 近くの交差点。この道を入ったところに、「調宮劇場」がありました。*1
調宮劇場は、昭和初期に落成し、演劇中心に始まりましたが、次第に活動中心になりました。戦後は東宝系映画が中心になり、浦和で二番目に古い映画館でした。*2

その後、昭和40年代初期には、夜の娯楽施設(当時の住宅地図*3 を見ると「キャバレー女の世界」「ヌード劇場スター」の記載があります。)に変貌しました。
現在、その場所にはマンションが建っています。

マンションが建っていたあたりが、「キャバレー女の世界」があった場所で、その裏に」「ヌード劇場スター」がありました。

駐車場脇には、当時のままの道が残されています。

【参考文献】
*1 東京交通社:大日本職業別明細図(東京交通社, 1937)
*2 山嵜廣:近代浦和文化小史(山嵜廣,2000)P.95
*3 日興出版:浦和市住宅地図(日興出版,1973)P.132
*4 日興出版:浦和市住宅地図(日興出版,1978)P.77


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