牛窓(寿司勝)元遊女屋の「恵比寿屋」

牛窓の関町にある「寿司勝」。バスターミナルの正面に位置します。地元の方の話によると、この建物は、元遊女屋の「えびすや」で、隣の「照月楼」の建物がつながっていて、3階建の照月楼を2階建てに改築する際に、この建物も2階建てに改築したそうです。
明治3年頃の「遊廓畧図」*1 を見ると、この場所に「恵比寿屋」の記載があります。

店内。

各種定食は650円。こちらの刺身定食は980円でこの豪華さ。牛窓の地酒「千寿」もいただきました。

夜のメニューもリーズナブルです。

【参考文献】
*1 刈屋栄昌:牛窓夜話 前編(牛窓郷土研究会,1958)P.49

牛窓(元「照月」)改築前は3階建の遊女屋

地元の方の話によると、こちらの家は元遊女屋の「照月」で、改築前は3階建の建物*1 だったそうです。

関町には、このような3階建の遊女屋がありました。*1

2階の欄干部分に、当時の名残があります。

広場に面した側。

【参考文献】
*1 谷沢明,正本写真館:あるくみるきく(231号,1986.5)特集 習俗の表情2-牛窓の写真館 P.7の写真

牛窓(遊女屋の跡地)敷地の裏側は海

「割烹旅館川源」の山側の通り。


ここには、かつて「碇屋」という屋号の遊女屋を営んでいた家(二階の欄干や座敷の書院窓などに当時の名残)がありました。*1
現在、建物は取り壊されて更地になっています。

遊女屋だった建物は、その後、櫓(やぐら)屋に転用されました。当時、造船業が栄えた牛窓の町には6軒の櫓屋がありました。*1

敷地の裏側は海です。櫓屋となってからは、材料や製品の出し入れを海側から行いました。*1

【参考文献】
*1 谷沢明:瀬戸内の町並み(未来社,1991)P.419,P.439

牛窓(川源別館)旧「角市」

牛窓に女郎屋が誕生し、花街がいつ頃できたか、今のところこれを立証する文献はないが、曲直瀬玄朔(まなせげんさく)の「医学天正期」に戦国大名の宇喜多直家が、梅毒で苦しみ療養したことが記述され、これは倭寇が異国から牛窓に移入したものだと説いており、牛窓が日本花柳病の根源地だと指摘しているから、その頃牛窓にはすでに女郎屋があったと推察されます。明治時代の下行場の遊廓は、東側の角市、北側の奈良亀、福本屋、玉津屋、西側の小野屋、山松の6軒でした。そのうちの角市は、現在の「川源別館」です。*1

南側から。

川源別館は、割烹料亭として営業中です。

裏側の木戸。風情があります。

【参考文献】
*1 刈屋栄昌:牛窓風土物語(牛窓郷土研究会,日本文教出版 (製作),1973)P.21,P.64

牛窓(白ポスト)バス停脇

今回は、牛窓(岡山県瀬戸内市)の町並みと風俗を散歩します。
牛窓を岡山を結ぶバスの発着所は、海に面した四角い広場になっていて、昔、「下行場(げきょうば)」といわれたこの広場は、藩主や朝鮮信使が上陸する際に使われた場所で、港が賑わっていたころの町の中心でした。*1

バス停の脇に設置されている白ポスト。ドラム缶を改造して作られたものと思われます。

ポストの上部には、円錐形の屋根が取り付けられています。

手作り感のある投函口。

【参考文献】
*1 谷沢明:瀬戸内の町並み(未来社,1991)P.400

上関(室津の遊女屋跡)コの字型

かつて貸座敷が建ち並んでいた通りに、大きな木造の建物が残っています。

以前、遊女屋を営んでいた家で、1階は改造されて駐車場になっています。*1

小庭をコの字型で囲む形で建てられていて、各部屋は廊下で結ばれていました。*1

建物の裏側。

【参考文献】
*1 谷沢明:瀬戸内の町並み(未来社,1991)P.93

上関(室津遊廓跡地)昭和初期まで賑わいをみせていました。

室津半島の西南端に位置する室津は、上関とともに、帆船が潮待ち、風待ちをする寄港地として賑わいをみせたところです。2つの港町をへだてる海峡には、多くの貨物船が行き来し、現在も主要な内海航路になっています。*1

室津の北端には海を埋め立てて作った築出しがあって、ここに遊女屋が並び、福浦とともに昭和初期まで賑わいをみせていました。*1
昭和11年の市街図*2 によると、この通りには、大正楼、さかゑ楼、東京楼、東楼、春帆楼、いろは楼などの貸座敷が建ち並んでいました。

昭和11年の市街図*2 にも記載のある「ニコニコ」亭。

海側に建つ木造家屋。

【参考文献】
*1 谷沢明:瀬戸内の町並み(未来社,1991)P.37,P.93
*2 東京交通社:大日本職業別明細図(東京交通社, 1937)第450号 山口県

上関(福浦の遊女屋跡)旅館に転業

上関の福浦に人家が建ち始めたのは江戸時代半ばすぎの安永6年(1777年)のことで、新地として34ヶ所の屋敷がひらかれました。昭和初年、福浦には7軒の遊女屋があって、こちらの家はそのうちの1軒でした。*1

ほぼ正方形の敷地に中庭を口の字型で囲む形で建てられて、2階が客室で、それぞれの部屋は廊下で結ばれていました。*1

その後、旅館「きはらし」に転業しました。*2

入口には、「きはらし」と書かれた看板が掲げられていました。*1

【参考文献】
*1 谷沢明:瀬戸内の町並み(未来社,1991)P.91(立面図に「きはらし」の記載)
*2 ゼンリン:熊毛郡No.2田布施町・平生町・上関町(ゼンリン,1990)P.136

上関(新地)割烹旅館「山水」跡地

今回は、上関(山口県熊毛郡上関町)の町並みと風俗を散歩します。
上関は、室津半島の先にある長島の北東端に発達した港町で、かつては、帆船が潮待ち、風待ちをする寄港地として賑わいをみせたところです。*1

昭和11年の市街図*2 によると、福浦港付近の海岸線に貸座敷の「山水亭」がありました。

1990年の住宅地図*3 によると、このあたりに同じ屋号の割烹旅館「山水」がありました。「山水亭」の名残かもしれません。

海岸線に沿った道路とは別に山側にもう1本道が続いています。
このあたりは、「新地」という地名で呼ばれていました。*3

【参考文献】
*1 谷沢明:瀬戸内の町並み(未来社,1991)P.37,P.91
*2 東京交通社:大日本職業別明細図(東京交通社, 1937)第450号 山口県
*3 ゼンリン:熊毛郡No.2田布施町・平生町・上関町(ゼンリン,1990)P.136

俵山温泉(男根のオブジェ)お土産

俵谷山温泉は、昭和な雰囲気が漂う温泉街です。旅館やのお土産店が建ち並びます。

お土産店では、俵谷山温泉の名物「猿まんじゅう」や民芸品が売られています。

その中でも陳列棚を埋め尽くしているのは、麻羅観音の売店で売られていたものと同じ男根のオブジェ。

会陰のオブジェもあります。

俵山温泉(麻羅観音)大型の男根が乱立

地元に残る「麻羅観音由来記」によると、天文12年、この地の豪族大内義隆が、逆臣陶晴堅の手勢に追われて九州へ落ちのびようとしたが、果たさず、大寧寺で没しました。その義隆の一子を家臣安田某が、女装させ、俵山でしばらく逃避生活を送っていましたが、これが敵の知るところとなって、安田某は、幼主の首をハネて自刃しました。敵の追手は、幼主の首と彼が男であった証拠として、”一物”を切り取って持ち帰りました。村人は、幼主をしのんで、そこにホコラを建て、俵山温泉が不妊症にも特効があることから、麻羅観音と結びつけてリンガ(男根)を奉納するようになったと伝えられています。*1

ホコラの周囲には、大型の男根が乱立します。

睾丸も表現されています。

麻羅観音近くには売店もあり、男根が販売されています。

【参考文献】
*1 伊能孝:日本列島禁断の旅(桃源社,1967)P.162-P.165

俵山温泉(麻羅観音)大小数百の男根

今回は、俵山温泉(山口県長門市)の町並みと風俗を散歩します。
俵山温泉にある麻羅観音は、温泉町から歩いて10分くらいの道路沿いにあります。

こんもりとした森の中に小さなホコラが建っていて、大小数百のリンガ(男根)が奉納されていて、異彩を放っています。*1

ホコラの内部には、大きな木製の男根。

数百本ものリンガ(男根)がうず高く積まれています。*1

【参考文献】
*1 伊能孝:日本列島禁断の旅(桃源社,1967)P.162-P.165

湯本温泉(「山口秘宝の館」跡地)現在は駐車場

湯本劇場の奥に、「山口秘宝の館」がありました。2009年頃までは、閉館した建物が残っていたようです。 「驚異!!性の神々と神秘なる世界」と謳った秘宝館のなかには、”秘宝宮”が建立され、男根と女陰が合体した立体物が祀られていました。展示物の中には、一体500万円余をかけて精巧に作られた蝋人形などもありました。*1

建物は、お城のような立派な建物でした。*1
敷地の塀にその面影が残されています。

秘宝館の床の痕跡と思われるタイル。

秘宝館があった敷地は、現在は駐車場となっています。

【参考文献】
*1 井竜次:I love秘宝館(八画,2009)P.92-P.95

湯本温泉(温泉劇場跡地)現在は更地

音信川(おとずれがわ)沿いに温泉街から大寧寺へ向かう道路沿いは、湯本観光ホテルなどが建ち並ぶ観光エリアです。

ここに、かつて、ストリップ劇場の「温泉劇場」がありました。*1

川沿いの舟形になっている土地が、かつての劇場跡地です。

現在は、更地となっていて、当時の面影はありません。

【参考文献】
*1 ゼンリン:長門市(ゼンリン,1990)P.94

湯本温泉(公衆浴場の「恩湯」)ネオン看板

今回は、湯本温泉(山口県長門市)の町並みと風俗を散歩します。

音信川沿いにある公衆浴場の「恩湯」(おんとう)は、赤い瓦屋根と「湯本温泉」のネオンが特徴です。

なつかしさが漂うネオン看板。

源泉かけ流しの公衆浴場です。

仙崎(男性・女性観音)青海島の「海上アルプス」

仙崎の半島の先に続く青海島の北岸は日本海の荒波を受けた浸食地形となっていて、その奇岩の並び立つ様子は「海上アルプス」とも称されています。その「海上アルプス」を観光船で巡ることができます。

夫婦岩。

男性観音。

「女性観音」というのもあるそうですが、船内のアナウンスが聞き取りにくく、どこが女性観音なのかよく解りませんでした。