安来(山常楼)国登録有形文化財

安来港は、山陰唯一の良港で、江戸時代から明治にかけて全盛を迎え、米穀の卸商、呉服商が増加しました。安来の花街は、大正年間に関係者からの出資を募り、当時の資本金としては驚く程の金額5万円でスタートを切りました。当時は、皆生温泉も今のような姿ではなく、米子町にも料亭が少なく、米子周辺からのお客で持切りでした。検番が繁盛すると山常楼、ひさご家など数多くの料亭が旅館が出現しました。特に、山常楼、ひさご家の大広間は何れも昭和初年の新築であってステージ付きといった豪勢なもので、当時は全国的にも珍しいものでした。1

芸妓の全盛時代、検番は、安来検番、福島検番、二岡検番の三軒で、各旅館、料理店とも芸妓の出入りは自由でした。料理店の主なものは、山常、瓢家、飯島屋、森田菊助、たなべ、釜田屋、小浜、十神館、田中屋、立花屋、がありました。
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現在の山常楼の建物は、昭和9年頃に建て替えが行われたときのもので、今なお料亭として使われ続けていることに大きな歴史的価値があります。(案内板より)

玄関付近。

【参考文献】
*1 安来市誌編さん委員会:安来市誌(安来市,1970)P.553
*2 安来港誌 百年前の港町安来の町誌 改訂版:安来港誌改訂編集委員会(安来港誌改訂編集委員会,2009)P.52

安来(大市場商店街)安来節の歌詞

今回は、安来(やすき、島根県安来市)の町並みを散歩します。
大市場商店街は、安来の中心街にある商店街です。

安来の町並みは日本遺産に認定されています。

商店の軒下には、安来節の歌詞。

熱い情に 鋼も溶ける 溶けて社日の 花と咲く
恋と鋼は よう似たものよ 焼きよ次第で 味が出る

弘前(三洋センター)市場のような外観

今回は、弘前(青森県弘前市)の町並みを散歩します。
鍛治町の三洋センター。鍛治町では、「〇〇センター」と名前が付けられた共同ビルが多く見られます。

まるで、市場のような外観です。

夜の三洋センター。

ピンク色の看板。

松江(旧松江旅館)現在は料理店

今回は、松江(島根県松江市)の町並みを散歩します。
旧松江旅館は、新地遊廓の面影を残す建物で、国の登録有形文化財に指定されています。

前回(2017年)の散歩*1 のときはテナント募集中の状況でしたが、現在は料理屋の「巴庵」が入っています。

中庭と廊下。

風情のあるトイレのドア。

【参考記事】
古今東西散歩(松江):旧米江旅館(2012.10)

津和野(津和野踊り)金井君の体験

毎年8月は、津和野踊りの季節です。

鴎外の自伝的小説「ヰタ・セクスアリス」の中でも津和野踊りの様子が描かれています。

津和野踊りに見られる覆面の装飾の起源は、敵をいつわるための方策でしたが、その形をうけて、夜を踊りまくる男女にとっては、年に一度の性の刺激をいざなうあけひろげな饗宴でした。「ヰタ・セクスアリス」に登場する十歳のときの金井湛は、踊り手の会話から耳にした、愛宕の山(天神山)の男女の交歓とその後始末(猥雑な遺棄物)の朝の風景、「あそこにやあ、朝行ってみると、いろいろな物が落ちてをるげな」という媚笑の意味をはっきりとつかみ、「僕は穢い物に障ったような心持がして、踊を見るのを止めて、内へ帰った」としるしています。*1

津和野踊りのビデオ。

【参考文献】
*1 長谷川泉:長谷川泉著作選.3 鴎外「ヰタ・セクスアリス」考(明治書院,1991)P.169-P.170

津和野(鴎外旧家跡)ヰタ・セクスアリス

津和野の横堀米蔵跡は、森鴎外の自伝的小説「ヰタ・セクスアリス」に「門の前はお濠で向うの岸は上のお蔵である。」と書かれている、森鴎外の生家があった場所です。*1

森鴎外の旧家跡。

森鴎外の勉強部屋。

「ヰタ・セクスアリス」は、少年期から欧州留学期前の間の性欲的方面を書いたもので、唯一、鴎外の作品の中で発禁処分を受けた作品です。

【参考文献】
*1 津和野町観光協会:森鴎外 津和野ゆかりの地を巡り歩く(津和野町観光協会)P.3

津和野(料亭「松の家」跡地)本町通り

津和野の本町通り。観光客で賑わう通りです。

旅館のよしのや。
よしのやの裏には、料亭の松の家があって芸者が沢山いました。*1

現在の合同銀行の駐車場のところに路地があって、そこから料亭松の家に入ることができました。*1

松の家へは、本町通りの反対側(東側))の万町(よろず)通りからも入れました。万町は色町でもありました。*1

【参考文献】
*1 津和野の自然と歴史を守る会:つわぶき57号(2013.3)P.10

津和野(下新町の飲食街)昔は色街でした。

今回は、津和野(島根県鹿足郡津和野町)の町並みを散歩します。
津和野の新町(新丁通り)は、昔の色街であったところで、現在でも旅館、料飲店が多く、全体にはなやいだ雰囲気をもっています。*1
かつて新町には、芸者さんの置屋があって、ビンツケとお白いの臭いが漂っていました。*2

和風の料理屋に混じって、スナック店が点在します。

カラフルなスナック店。

和風の佇まいに溶け込んでいます。

【参考文献】
*1 島根県:伝統的文化都市(津和野町)に関する調査報告書(島根県,1977)P.157
*2 津和野の自然と歴史を守る会:つわぶき24号(2002.3.21)P.1

出雲(コインレストラン コウラン)全国で唯一のカレー自販機

コインレストランコウランの広い店内の一番奥。
全国で唯一のカーレ自販機(川鉄計量器社製)があります。*1

自販機に貼られている「召し上がり方」には、「本格炊きコシヒカリ米、ご飯にカレーパックの封を切り、かけてお召し上がりください」と書かれています。つまり、
蒸気で温められたご飯が、保温されたレトルトと別々に出てくるようになっています。*1
ただ、残念ながら現在は故障中で、代わりのに対面販売を行っているようです。

カレー自販機の隣には、「天ぷらそば、らーめん」「天ぷらうどん、きつねうどん」の2台の麺類の自販機が並んでいます。

天ぷらそばを注文。

【参考文献】
*1 越野弘之:昭和レトロ自販機大百科(洋泉社,2015)P.87

出雲(大社町の飲食街)出雲大社前駅近く

JR出雲市駅から一畑電車北松江線の大津町駅で下車した東側が、出雲大津町の町通りです。
「明治・大正の町通りの家並図」*1 によると、菓子屋、うどん屋、魚屋、干物屋、呉服屋などが建ち並び、顧客は農村からも来ました。芸妓の置屋は4軒もあり、この数は今市(出雲市の中心街)よりも多く、芸妓の数は大正12年に42名でした。

江角検番と思われる建物(江角小路脇)。

検番らしい建物です。

光明寺の近く。柿田検番があったあたり。

【参考文献】
*1 石塚尊俊,大津町史刊行委員会:出雲市大津町史(大津町史刊行委員会,1993)P.872,「明治・大正の町通りの家並図」

出雲(大社町の飲食街)出雲大社前駅近く

出雲大社前駅の北側。高浜川へ向かう通りは、古い飲食街の風情の残る通りです。

現在も料理屋が営業中です。

酒、おでん、ラーメンの店。

昭和7年の市街図*1 によると、この付近には、「大和や」「赤玉」「丸竹」などの屋号が見られ、賑わいを見せた通りだったと思われます。

【参考文献】
*1 東京交通社:大日本職業別明細図 第281号 島根県(東京交通社,1932)大社町