井波(遊廓跡)タイル張りの家屋

明治3年、井波には、旅人宿12軒、飯盛旅籠と呼ばれる料理屋は6軒あり、明治9年には、料理屋、貸座敷業者数は山見、井波、藤橋、北川を合わせると15軒、芸妓の数は許可された者だけでも11人でした。明治32年、芸娼妓、貸座敷免許地として、現在の堀道が指定され、山見、井波、藤橋、北川に散在していた料理屋、貸座敷がこの地に集まり、以後、免許地遊廓として栄えました。1

現在の堀道には、廃業したとおぼしきスナックに転用された建物、タイル張りの家屋が残っています。
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遊廓の近くには、芝居小屋の八乙女座がありましたが、昭和11年に消失。その跡地に井波劇場(現井波郵便局の位置)が新築されましたが、こけら落としの日本舞踏会には、井波芸者35名も出演しました。昭和19年には、合計20軒を数える料理屋が堀道に軒を並べ、この地域は、町の社交場としての役割を果たしました。*3

スナックの建物の隣の和風の建物

【参考文献】
*1 草の根サークル:いなみ地名の由来と伝説(井波町教育委員会,1996)P.92-P.93
*2 加藤政洋:現代風俗2002 20世紀の遺跡,「消えゆく花街の景観、廓建築の痕跡」P.46
*3 井波町商工会誌編集委員会:井波の商と工・その軌跡(井波町商工会,1991)P.127-P.128

井波(割烹料亭)堀道

井波の花街「堀道」(現在の表記は「堀通」)は、八日町通り(通称「瑞泉寺通り」)の参道の裏通りに位置し、おそらく観光に訪れる人々が足を踏み入れることのない場所です。1

現在でも営業している大きな割烹。
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「木彫りの里『井波』」らしい意匠。

坂道沿いに建っています。

【参考文献】
*1 加藤政洋:現代風俗2002 20世紀の遺跡,「消えゆく花街の景観、廓建築の痕跡」P.46

井波(八日町通り)瑞泉寺の門前町

今回は、井波(富山県南砺市)の町並みを散歩します。八日町通りは、瑞泉寺の門前町井波を象徴する通りです。

正面奥に見えるのは、八乙女山方面。

瑞泉寺から伸びる石畳の通りの両脇には、「井波彫刻」の工房や飲食店が軒を連ねています。

瑞泉寺。

小浜(蓬嶋楼の内部)奥の隠し部屋

建物の内部の調度品などについては、ガイドの方が詳しく説明してくれます。
天井から吊り下げられている灯りは、鹿鳴館時代のもので、金属のように重厚に見えますが、木材で何重にも漆を塗られて作られたものだそうです。

木材で精巧に作られた意匠。

2階の大広間の奥にある隠し部屋。客と芸妓(遊女)が情交するときの特別な部屋だそうです。見学コースの中では立ち入り禁止となっていて、部屋に入ることはできません。

同じく1階にある最高級の遊女が使用する部屋。こちらも立ち入り禁止です。

小浜(蓬嶋楼)明治期の元料亭

重要伝統的建造物群保存地区に指定されている小浜西組の西側にある三丁町には、茶屋建築の建物が並ぶエリアです。なかでも、蓬嶋楼は、明治期の元料亭で、2015年4月から建物内部が一般公開されています。

1階から2階へ上がる階段。

階段を登ったところにある芸者さんが出迎えてくれる場所。同じ場所から窓の外へ向かって芸者さんが手招きしてお客を呼び込みました。

2階の大広間。

小浜(老舗の定食屋)泉商店街

泉商店街にある老舗の定食屋さん。

創業は、昭和2年。焼さばがお勧めです。

焼鯖定食を注文。

トイレは、奥の長い廊下を進んだところにあります。建物の大きさを実感できます。

小浜(泉町商店街)鯖街道の起点

今回は、小浜(福井県小浜市)の町並みを散歩します。鮮魚店などが建ち並ぶ小浜の泉商店街は、鯖街道の起点です。

鮮魚店が並ぶアーケード街。写真右手前に、鯖街道資料館があります。
若狭から京都へ至る多数の街道や峠道には、本来それぞれ固有の呼び名がありますが、近年、運ばれた物資の中で「鯖」が特に注目され有名になったことから、これらの道を総称して「鯖街道」と呼ぶようになりました。(展示の案内板より)

鮮魚店。

アーケード街が長く続きます。

鯖江(老舗食堂)寺町商店街

鯖江の寺町商店街にある老舗食堂。

中華そば、オムライス、カツ丼など、メニューが豊富です。

老舗店らしい雰囲気。

ケチャップで味付けされたオムライス。皿には、味見屋のロゴ。

鯖江(天狗楼)登録文化財

旭町の料亭街の一本西側の通り。登録文化財の「料亭天狗楼」の建物が建っています。

貴重な料亭建築です。

玄関に掲げられた「天狗楼」の屋号。

外観は伝統的な町家の形式です。

鯖江(花街跡)旭町

鯖江の旭町。松阜神社の西側には、花街の名残と思われる料亭が現在も営業中です(写真右奥は、料亭中松)。

料亭「富士の家」。

落ち着いた佇まいです。

夜の様子。
鯖江の花街は、平成3年(1991年)まで続きました。*1

【参考文献】
*1 鯖江むかしむかし編集委員会:鯖江むかしむかし(惜陰小学校,2002)P.196-P.205

鯖江(カフェの建物)弁天遊廓内

弁天遊廓内。市橋楼があった場所の南側には、古い建物が残っています。

「当時の遊廓の町並み」1 によると、この場所には、カフェがありました。

1971年の住宅地図
2 には、「三楽」と記されています。

2階部分。

【参考文献】
*1 鯖江むかしむかし編集委員会:鯖江むかしむかし(惜陰小学校,2002)P.196-P.205
*2 善隣出版:鯖江市・朝日町・今立町(善隣出版社,1971)P.2

鯖江(弁天遊廓跡)現在は住宅地

「当時の遊廓の町並み」1 によると、河和田街道(国道417号線)沿いの弁天橋の西側が遊廓への入口で、菓子屋、ヘンクツ屋食堂、クリーニング、うどん、そば、金花楼、以上東側(写真右側)、小間物屋、駄菓子屋、以上西側(写真左側)が並び、その奥に、市橋楼、弁天座、泉谷支店、開進楼がありました。

「弁天」の電柱番号札。

写真手前から、市橋楼、弁天座、泉谷支店、開進楼、と並んでいました。
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現在は住宅地になっていて当時の面影はありません。

市橋楼の東側(写真右側)には、射的場、髪結、斡旋屋が並んでいました。1
弁天遊廓を取り仕切っていた市橋楼(初代は福井からやってきた人)には、若い衆や女たちが沢山いました。
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【参考文献】
*1 鯖江むかしむかし編集委員会:鯖江むかしむかし(惜陰小学校,2002)P.196-P.205
*2 三輪信一,鯖江今昔刊行会:鯖江今昔(鯖江今昔刊行会,1981)P.159-161

鯖江(弁天橋)弁天遊廓近く。

弁天遊廓が出来て以来、町が賑やかに栄えたので、人々は弁天様を敬って、弁天通りとか、弁天橋、弁天川、弁天湯などと呼ぶようになりました。1

旭町の交差点から北陸本線のガードをくぐり、東へ100m進んだ柳町。国道417号線と弁天川が交差する場所に弁天橋がかかっています。

弁天橋から北へ100m。橋を渡った西側が遊廓がった場所です。
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弁天川を沿い。遊廓の北側に弁天湯がありました。*1

【参考文献】
*1 鯖江むかしむかし編集委員会:鯖江むかしむかし(惜陰小学校,2002)P.196-P.205

鯖江(弁財天)弁天遊廓の名前の由来となった弁天様

鯖江市旭町2丁目にある弁財天(弁天堂)。
江戸時代中期に鯖江藩ができて、街道沿いの鯖江の町には、武士や用人たちをはじめ人々が集まり、町は栄えました。1

やがて、清水の湧き出る弁天様の境内には、夜な夜な弁財天のような美しい夜鷹が出没し、賑わいだしました。すると、これは風紀上良くないと、そのわずか東の清水町の外れの今の柳町の一角に通称「弁天」と呼ばれる鯖江の遊女街が造られました。
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弁財天の前は、「弁天パーク」と名付けられた駐車場のスペースになっています。

本堂。

【参考文献】
*1 三輪信一,鯖江今昔刊行会:鯖江今昔(鯖江今昔刊行会,1981)P.159-161

鯖江(駅の白ポスト)ゴミ箱の隣

今回は、鯖江(福井県鯖江市)の町並みを散歩します。JR北陸本線の鯖江駅構内。

ゴミ箱に並んで白ポストが設置されています。

赤文字で「有害図書」。解りやすい表記です。

小さな文字で、「紙くず等は入れないでください」の注意書き。

大野(長屋の美容室)大野市錦町

大野市街の北側の錦町は、周囲に寺院が林立する静かな町です、ここにスナックや理容室が入居する長屋の建物が佇んでいます。

風情のある理容室。

玄関部分はアーチで装飾されていて、モダンな雰囲気です。

2階部分。

大野(かつての遊廓街)新明町、日吉神社周辺

大野町では、二度続いた大火の後、それまで悪所とし町の裏通りに散在していた家々を一ヵ所に集めることを決定され、その場所として、上寺町の瑞祥寺、岫慶寺、恵光寺、蓮光寺の裏地と、それに神明神社、日吉神社(山王さん)付近の畑地などが選ばれ、大野の新明町は、貸座敷業(遊廓)の繁栄によって賑わいました。明治39年の県税納税者の上位ランクには、面影楼、開運楼、松清楼、永楽楼などの名前がありました。1

日吉神社付近(写真左奥)は、料亭と貸座敷が林立していたところですが、今は往時の姿はありません。
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当時、「さんのうへ、行ってこかや。」という短い言葉は、貸座敷での遊びの誘いの意味になっていました。*1

堀の石垣。

【参考文献】
*1 坂田玉子:福井新聞(1997.3.22)P.16「旧町名は語る 大野編8 旧神明町の盛衰(下)」
*2 坂田玉子:写真集明治大正昭和大野(国書刊行会,1979)P.110

大野(白ポスト)越前大野駅前

今回は、大野(福井県大野市)の町並みを散歩します。
福井駅からJR九頭竜線に乗り約1時間。越前大野駅に到着です。木材がふんだんに使われた豪華な駅舎です。

「越前大野」のレトロなプレートの脇に白ポストが置かれています。

白いポスト。

壁と柱に囲まれたスペースに設置されています。