高知(掛川町)青線があった地域

今回は、高知(高知県高知市)の町並みを散歩します。
高知市の掛川町は、かつて青線(非公認の特飲街)があった場所です。*1
現在はソープランドなどが建ち並ぶ風俗街になっています。

旧町名の掛川町の案内板。案内板によると、「掛川町」は、関ヶ原の合戦後、山之一豊が掛川(現在の静岡県掛川)から入国のとき、職人を移住させたことに由来する地名です。
青線があった時代は、玉水町の赤線※1※2※3と並んで、掛川町の青線と呼ばれていたようです。売春防止法施行により、赤線と青線は解散しましが、掛川町の青線については、半年後街娼がみうけられるようになり、転業した旅館のほとんどが連れ込み宿でした。*1※4

現在の町名は、堺町です。

「掛川」の電柱番号札。


■カテゴリ 赤線·私娼跡 高知 堺町私娼街 電柱番号札
■散歩事典 高知
■参考文献
*1高知市史編さん委員会民俗部会: *地方都市の暮らしとしあわせ (高知市,2014)高知市史 民俗編

婦人相談所の開設 P.264-P.265 1958年3月3日、市内の赤線(玉水町)と青線(掛川町)の両地区で、 …


■参考記事
■この記事を参照している記事

三鷹(八丁特飲街跡)中町一丁目

今回は、三鷹(東京都武蔵野市)の町並みを散歩します。
三鷹駅の北側、現在の横川電機の工場へ向かう途中に、かつて「八丁特飲街」として賑わった飲み屋街があり、「松月」「ぼたん」「ひばり」「花月」「末広」「ふたば」などの店がありました。*1

南側の路地に入ると、現在もその雰囲気が残っています。

昭和39年(1964年)の住宅*2 には、「花月」「ふたば」など、特飲街時代の屋号を引き継いだ店が確認できます。

電柱番号札に残る「八丁」の名。

1956年5月、売春防止法が国会を通過し、全国各地の草の根からの廃娼運動の結果、1957年12月19日、業者側は遂に廃業声明を発表するに至った。*3


■カテゴリ 赤線·私娼跡 三鷹 電柱番号札 八丁特飲街
■散歩事典 八丁特飲街 三鷹
■参考文献
*1上村敏彦: *花街・色街・艶な街 色街編 (街と暮らし社,2008)

P.120-P.121 戦後の混乱期がやや落ち着き始めた昭和24年(1949年)、中町二丁目の一画に八軒の木造 …

*2東都地図社: 武蔵野市商工住宅名鑑 (東都地図社,1964)

P.31 八丁特飲街があった場所(武蔵野市中町1-19-9)に、下記屋号の記載。

*3武村民郎: 朝日ジャーナル 2月10日号 (朝日新聞社,1984.2.10)女の戦後史-45-売春防止法--婦人相談員の献身的努力に支えられて

P.33 1950年秋、東京都武蔵野市八丁(中央線三鷹駅北口)に、8軒の「青線」が出現した。業者たちは、5,2 …


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中村(電柱番号札)遊廓北分

中村遊廓の特徴である四隅の廓の中心に向かう斜めの道。*1
現在は風俗店(旧「三角荘」)があります。

四隅のうちの南東部分にあたるこの場所の電柱番号札には、「遊廓北分1」と書かれています。

「遊廓北分1」の電柱番号札を起点に「遊廓北分2」「遊廓北分3」…..と続き、最後は「遊廓北分8」で終わっています。

ちょうど、四隅の北東部分にあたる場所です。写真の空地の部分は、「ホテル太閤」がありました。


■カテゴリ 遊廓·遊里跡 中村 中村遊廓 電柱番号札 囲郭
■散歩事典 中村遊廓 三角 中村
■参考文献
*1近藤正一: *日本建築学会計画系論文集 通号488 P.203-P.210 (日本建築学会,1996.10)中村遊廓における建築計画の類型

P.205 廓の構造は、島原や吉原などと同様、縦1本、横3本の大通りを持った三筋構造を基本とし、さらにその外周 …