小樽(楽々亭)深夜営業専門店

花園のスバル通り。繁華街の中心部です。

赤提灯が似合うラーメン屋さんの「楽々亭」。深夜営業専門店です。

とんこつ味噌ラーメンを注文。日本酒も頂きました。

花園の夜は更けていきます。

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食文化 小樽

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小樽

小樽(キャバレー跡)看板のみ残っています。

小樽市花園の浮世通り。

居酒屋などが入るビル。

「ヤングキャバレーリップ」の看板。岩見沢で見かけた看板*1 に類似のものです。

夜の様子。「ヤングキャバレーリップ」は営業していません。

【参考記事】
*1 風俗散歩(岩見沢):キャバレー「リップ」(2011.9)

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飲食店舗 小樽

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小樽

小樽(花園三丁目のスナックビル)東京銀座

小樽市花園の歓楽街。嵐山新地*1 などがある花園一丁目が歓楽街の中心ですが、その南側の花園三丁目にもスナックが点在しています。

東京銀座。

「東京銀座」の一本東側の通りにある蔵の建物。

蔵とスナックの建物が合体して大きな一つの建物になっています。蔵の1階もスナック店です。

【参考記事】
*1 風俗散歩(小樽):嵐山新地(2009.6)

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飲食店舗 小樽

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嵐山新地 小樽

小樽(小町湯)北海道最古の公衆浴場

小樽市信香町にある小町湯温泉は、北海道最古の公衆浴場です。*1

明治10年頃の小樽の古地図に土場町(現在の信香町)に湯屋の記載があり、それが小町湯の前身といわれています。*1

夜の小町湯温泉。

小町ゆ温泉。

【参考文献】
*1 小町湯温泉の名刺

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銭湯 小樽

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小樽

小樽(妙見市場の公衆トイレ)河川上に建っています。

妙見市場の公衆トイレ。

河川上に建っています。

男女の別はありません。

小便器は、金隠しが無い代わりに、仕切り板が2枚。全面タイル張りです。

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公衆トイレ 小樽 妙見市場

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小樽

小樽(妙見市場)河川上建築

小樽市街を流れる於古発川(おこばちがわ)の河川上に、妙見市場C棟が建っています。
第二次大戦後、樺太からの引揚者のため、於古発川に丸太を渡してバラックを建てることを行政が許したことから、この河川上建築が出来ました。*1

川の形状に合わせて、建物は緩やかにカーブしています。

鮮魚店が市場の中核を占めています。

以前は、A棟、B棟と続いていましたが、現在は取り壊されて無くなっています。

【参考文献】
*1 森栗茂一:河原町の歴史と都市民俗学(明石書店,2003)P.497

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商店街 小樽 妙見市場

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明石 小樽

小樽(藪半)石蔵座敷

キャバレー「現代」跡地*1 の2軒隣に、蕎麦屋の「藪半」があります。

店の奥にある石蔵座敷。昭和49年に、隣接する白鳥家別邸(建物は後にキャバレー「現代」*1 )の庭内にあった石蔵を「藪半」内に、座敷とし再生したものです。*2

石蔵座敷の内部。

鰊そばと倶知安の地酒「北力」を注文。

【参考記事】
*1 風俗散歩(小樽):キャバレー「現代」跡地(2016.12)
【参考文献】
*2 小野洋一郎:小樽歴史探訪.最新版(共同文化社,1999)P.18-P.21

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食文化 小樽

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小樽

小樽(キャバレー「現代」跡地)

今回は、小樽(北海道小樽市)の町並みと風俗を散歩します。
小樽駅前の「静屋通り」は、蕎麦屋「籔半」、石川啄木が勤務した小樽日報社跡(現本間内科)などがある小樽の歴史を象徴する通りです。
この通りに、数年前まで、キャバレー「現代」の建物がありました。

キャバレー「現代」の建物は、明治42年、この地に建てられた白鳥家一族(小樽を代表する網元)の別邸の建物を昭和23年にキャバレーに転用したものもので、ホステスの平均年齢は50歳代後半、お屋敷風の家、人も物もクラシックムードを売り物にしました。*1*2
現在、建物は解体され、敷地は駐車場になっています。

正面玄関があったあたり。

当時の石垣が残っています。

【参考文献】
*1 小野洋一郎:小樽歴史探訪.最新版(共同文化社,1999)P.18-P.21
【参考URL】
*2 「小樽・蕎麦屋・籔半」公式サイト:小樽・静屋通り物語

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花街·花街跡 小樽

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小樽

小樽(都湯)前面がタイル貼り

小樽市内には、17軒*1 の銭湯があります。
その銭湯群の中でも北側に位置する都湯。長橋十字路近くにあります。

銭湯の建物を横から見ると、独特の形をしていることがわかります。

入口は、鮮やかな水色のタイルで装飾されています。

中央に湯舟が配置されています。湯舟の深さはかなり深いです。(1m近くあったような気がします。)

【参考文献】
*1 ゆっくりじっくり小樽観光ガイドブック(小樽観光協会,2009)

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銭湯 小樽

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小樽(ファッションキャバレー)花園一丁目

飲食店やスナックが密集する花園銀座商店街。COFFEEHOUSEの建物に、ファッションキャバレーの名前があります。

ピンク色の看板

入口の階段。天使が妖艶になる聖地。

入口の看板。

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飲食街·横丁 小樽

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小樽

小樽(稲荷小路)小路の奥に稲荷

嵐山新地*1 の東側(JR函館線の高架を隔てた反対側)に稲荷小路があります。

稲荷小路のアーチ。

その名の通り。奥には稲荷神社があります。

夜の稲荷小路

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飲食街·横丁 小樽 稲荷小路

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嵐山新地 小樽

小樽(嵐山新地)花園町

小樽市花園の花街エリア。JR函館線の高架近くに、嵐山新地があります。

嵐山通りに面したところに、もう一つのゲートがあります。

ゲートの裏側には「ありがとうございました。」

夜の嵐山新地。

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飲食街·横丁 小樽

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小樽

小樽(保証牛乳の牛乳箱)北のおいしさ開拓使

小樽市相生町。緩やかな下り坂です。

古い理容室の建物に緑色の牛乳箱。

「北のおいしさ開拓使」と書かれている保証牛乳の牛乳箱。
明治時代、北海道が農業(牧畜)を中心に開拓が進められてきたことを想わせるキャッチフレーズです。

緑色が鮮やかです。

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牛乳箱 小樽 開拓使設置1869

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小樽(手宮線跡)はるかノスタルジィ

小樽には、町の海側を走るもう一つの鉄道として、手宮線がありました。現在も宮線の遺構が色内町に残されています。

飲食街跡の建物*1 の裏側。

線路沿いは保存活動が進み、綺麗に整備されています。

色内1丁目12-12には、料亭「新松島」がありましたが、残念ながら平成11年に解体され、現在はマンション(写真左奥)に建て替わっています。*2

料亭「新松島」は、映画「はるかノスタルジィ」で、少年時代の綾瀬が娼婦の母親に会いに行くときの娼家街入口の撮影で使用されました。*3。
映画「はるかノスタルジィ」では、作品の随所に小樽の美しい町並みが紹介されています。石田ひかりさんのヌードも話題になりました。
【参考記事】
*1 風俗散歩(小樽):色内町の飲食街跡(2009.9)
【参考文献】
*2 小樽再生フォーラム:小樽の建築探訪(北海道新聞社,1995)P.39
*3 小樽駅観光案内所:はるかノスタルジィin小樽ロケーション・イメージマップ(1991)

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小樽(色内町の飲食街跡)小林多喜二が歩いた町

色内1丁目に、廃業した飲食店の建物が残る一画があります。

酌婦との出合いを描いた小林多喜二の作品「その出発をした出発した女」の舞台となったあたりです。*1

通りに面して、居酒屋やスナックの建物が建ち並んでいます。

飲食店街の北端のあたり。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く 完結編(自由国民社,2007)P.36-P.37

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小樽(裕次郎ホーム)等身大のパネルがあります。

今回は、小樽(北海道小樽市)の町並みと風俗を散歩します。

別名「裕次郎ホーム」と呼ばれている小樽駅4番ホーム。

「裕次郎ホーム」には、石原裕次郎さんの等身大パネルが設置されています。

等身大パネルの脇には、「1978.5.15 石原裕次郎この場にたつ」と書かれたプレートがあります。

石原裕次郎さんは、1934年12月28日兵庫県神戸市に生まれ、幼少期を北海道小樽市で過ごしました。

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