佐倉(闇市の展示)代用うどん

戦後の闇市の展示コーナー。

「代用うどん」の貼り紙が見えます。

「代用うどん」の説明。小麦粉の代わりに、穀物やところてんなどが使われていました。闇市では、このような代用品が数多く出回りました。

三味線。うどんが3本のみです。

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佐倉(国立歴史民俗博物館)昭和の歓楽街

昭和の歓楽街が再現されたコーナー。

カフェーでしょうか。「女給募集」などの貼り紙が貼られています。

「衛生サック」「最新リン病治療薬」などの貼り紙が貼られた薬局。

「花柳病科」。

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赤線·私娼跡 佐倉

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佐倉(国立歴史民俗博物館)佐倉遊廓の凱旋歓迎ハンカチ

佐倉城趾の一角にある国立歴史民俗博物館は、多数の特色のあるコレクションが展示されています。
日清・日露戦争のコーナー。日本が富国強兵を推し進めた時代です。

佐倉遊廓が作成した凱旋歓迎ハンカチ。

佐倉遊廓の名前が書かれています。

戦争と遊廓が密接な関係を持っていたこと示しています。

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佐倉(千葉県桜町鳥瞰)若葉楼

佐倉市街の成田街道沿いは、明治時代の古い町並みが保存されています。

明治時代の呉服屋の旧駿河屋。建物内部が公開されています。

「千葉県佐倉町鳥瞰」が展示されています。

弥勒新地付近。遊廓の若葉楼の名が確認できます。

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佐倉(佐倉遊廓跡地)弥勒町

今回は、佐倉(千葉県佐倉市)の町並みと風俗を散歩します。
佐倉市弥勒町の妙経寺の隣には、遊廓がありました。当時の町並みを再現した市街図によると、遊廓があった場所は、と妙経寺の境内の裏手で、三谷屋ふとん店(写真奥)の手前です。

当時は、道路(弥勒通り)から入ったところに、大門がありました。*1

「弥勒新地」と呼ばれた遊廓がいつごろ開かれたかについての詳細は不明ですが、佐倉に歩兵部隊が屯営するようになった頃(明治16年頃)だと伝えられています*1

荒川(若葉)楼、成田楼、志村楼、弥勒楼、日暮楼、東楼がありました。

【参考文献】
*1 新佐倉真佐子を作る会:佐倉お茶の間風土記(新佐倉真佐子を作る会,1979)P.96-P.97,附図

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