金沢(ブロンズ裸像)専門店前

金沢市尾張町の記念品と工芸品の専門店。駐車場のスペースに、ジーパン姿のブロンズ裸像が2体。

公園などのブロンズ像とは異なり、銅像などを商品として制作している専門店のようです。

奥の方の裸像。

後ろ姿。

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美術 金沢

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金沢

金沢(暗がり坂)主計町へ下る坂

主計町事務所前の小路。少し進むと、「暗がり坂」の標柱があります。

暗がり坂は、久保市乙剣宮(くぼいちおとつるぎぐう)から主計町へ通じる小路で、日中も日の当たらない暗い坂道なので、この名で呼ばれています。暗闇坂ともいいます。(標柱の説明文より)

下り口にたっても下り着く先が見えない、変化に富んだ坂です。*1

暗がり坂は、現在は安心して通れる健康な坂となったので、「暗がり坂が明るくなった。」という嘆きも聞かれるそうです。*1

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路地 金沢

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久保 金沢

参考文献

*1 国本昭二: サカロジー (時鐘舎,2007)
P.27-P.29 暗がり坂 つい最近まで、金沢に人に見られないで通り抜けられる坂があった。人呼んで「暗がり…

金沢(コンクリート製ゴミ箱)主計町

主計町の路地裏。町屋の風景です。

コンクリート製ゴミ箱が置かれています。

中国語で、「请勿乱扔垃圾」と注意書きが書かれています。「请勿」は、張り紙などで「~するべからず」、「乱扔」は、みだりに捨てる・散らかす、「垃圾」はゴミ。

町屋の風景に溶け込んでいます。

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金沢 ゴミ箱

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金沢

金沢(主計町料亭街)発祥は藩政末期頃

今回は、金沢(石川県金沢)の町並みを散歩します。
金沢市内には、「ひがし茶屋街」と「にし茶屋街」とともに、主計町(かずえまち)という茶屋街があって、三茶屋街と称されています。*1
現在は料理料亭街になっています。

木造三階建ての茶屋建築の町並みを特徴的です。*1

主計町の発祥は、藩政末期頃で、主計町の名は、加賀藩の重臣冨田主計の屋敷があったことに由来すると推定されています。*1

浅野川大橋から花柳の左岸に見事な建築物群としての町並みを眺めることができます。*1

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花街·花街跡 金沢

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金沢

参考文献

*1 川上光彦: 地図情報 27(4) (通号 104) (地図情報センター,2008.2)金沢市ひがし茶屋街
P.16-P.18 金沢市内には、「ひがし茶屋街」と「にし茶屋街」とともに、主計町(かずえまち)という茶屋街…

金沢(中央味食街)屋台横丁

金沢市片町2丁目の新天地飲食街の奥に、屋台風の横丁の「中央味食街」があります。

軒先の低い店舗がずらりと並んでいます。

夜になると、レトロな雰囲気が色濃くなります。

まるで、昭和の時代にタイムスリップしたかのようです。

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飲食街·横丁 金沢

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金沢(新世界)闇市からはじまった飲み屋街

金沢市の片町の「片町きらら」の裏通りに位置する新天地商店街。昭和のにおいが残る一画です。

新天地の新天地のルーツは、戦後の闇市で、市内の浅野川沿いから集団移転して生まれました。*1

夜になると、ネオンが灯ります。

京の町屋のような落ち着いた佇まいです。

【参考文献】
*1 「出世地蔵」の案内板より。

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飲食街·横丁 金沢

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金沢(石坂)タイルの装飾

石坂の有楽園跡の通り。*1

「赤線跡を歩く2」*1 に掲載されている戦前の玉ノ井を連想させる入口を持つ建物。

緑色のタイルで装飾されています。

玄関のタイル。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く2(自由国民社,2002)P.26-P.31

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赤線·私娼跡 金沢

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金沢

金沢(石坂)タイルで装飾されたスナック

にし茶屋街にある西検番事務所の角を右に曲がってしばらく行くと、掘割にかかる小橋が見えます。*1
小橋を渡った先がかつて赤線のあった石坂で、地元の人は「いっさか」と発音します。*2

スナックが密集しています。

タイルで飾られたスナック。

石坂は、かつてタイルの見本市のようだといわれたほど、タイルで装飾された娼家の多い町でした。*2

【参考記事】
*1 風俗散歩(金沢):掘割にかかる小橋(2010.4)
【参考文献】
*2 木村聡:消えた赤線放浪記(ミリオン出版,2005)P.193-P.199

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赤線·私娼跡 金沢

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金沢

金沢(西検番事務所)にし茶屋街

今回は、金沢の町並みと風俗を散歩します。
にし茶屋街にある西検番事務所。水色も木造の建物です。

西検番事務所は、にし茶屋街(写真左奥)にあります。

西検番事務所は、芸妓の稽古場兼管理事務所として建設されました。

玄関部分のモダンな装飾。国登録有形文化財の建造物です。

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花街·花街跡 金沢

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金沢

金沢(野町湯)入口が2ヶ所?

にし茶屋街の南側。北陸鉄道石川線の野町駅前に、銭湯の野町湯があります。
「野町湯」と書かれた大きな看板があります。

看板に導かれて進みますが、どうも入口らしくありません。

裏側へ回ると銭湯の入口らしい雰囲気です。

機械の故障のため、しばらくの間お休みです。

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銭湯 金沢

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金沢(にし茶屋街周辺のパーマ屋)鮮やかな彩りの建物

にし茶屋街周辺には数軒の美容院や理容室があります。

鮮やかな彩りの建物です。

にし茶屋街の通りをそのまま南へ行ったところにある美容院。

掘割に面した理容室。

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理美容室 金沢

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金沢(雨宝院)性に眼覚める頃

犀川大橋南詰の交差点近くにある雨宝院は、「故郷(ふるさと)は遠くにありて思うもの・・・」という詩で有名な室生犀星(むろうさいせい)が幼少期を過ごした寺です。

寺の入口脇には碑があります。

室生犀星の自伝的小説「性に眼覚める頃」は、主人公の17歳の男子の性的衝動を描いた作品です。娘が賽銭箱から銭を盗み出すのを寺の記帳場の節穴から覗いて「性欲的な興奮と発作」を感じ、その娘の家をつきとめ、玄関先に脱ぎ捨てられた紅い鼻緒の雪駄(せった)を見て、「そこに足をのせれば、まるで彼女の全身の温味を感じられる」と思い、ついにその雪駄の片方を盗んでしまいます。*1
小説の後半では、主人公が遊廓に登楼する場面が描かれています。
「私はひっそりと寺をぬけ出て、ひとりで或る神社の裏手から、廓町(現在の「にし茶屋街」)の方へ出て行った。」*1*2

雨宝院裏側から見る犀川。
現在は、川幅が広くなっていて雨宝院の後ろはすぐ川になっていますが、室生犀星がいたころの寺域は広くて、木立もうっそうと茂っていました。*3

【参考文献】
*1 室生犀星:或る少女の死まで(岩波書店,2003)P.158,P.285
*2 (財)金沢文化振興財団:かなざわ文学散策((財)金沢文化振興財団,2005)P.16
*3 「文学への旅金沢・名作の舞台」編集委員会:金沢・名作の舞台(金沢市,2000)P.148

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文学 金沢

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金沢(にし茶屋街)現在は観光地化しています。

金沢市街の南部にある「にし茶屋町」は、金沢の花街です。

かつての遊里ですが、現在は観光地化しています。

にし茶屋町の沿革を書いた碑があります。これによると、西茶屋町は、文政3年(1820年)に妓楼を区域限定で集め、石坂茶屋町が出来上がったのが始まりだそうです。

にち茶屋町から西側に坂を下っていくと、石坂のスナック街にたどりつきます。

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花街·花街跡 金沢

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金沢(石坂の赤線跡)タイルで彩られた建物

赤線があった石坂には、タイルで彩られた建物が数多く残っています。

こちらの建物は、1・2階部分にそれぞれ和洋折衷の装飾が施されています。

2階部分。

1階部分。玄関はタイルで鮮やかに装飾されています。

【参考文献】
*1 木村聡:消えた赤線放浪記(ミリオン出版,2005)P.14

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赤線·私娼跡 金沢

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金沢(石坂のスナック)掘割にかかる小橋

今回は、金沢(石川県金沢市)の町並みと風俗を散歩します。
金沢市街の南側に位置する石坂(いしさか)は、戦前は西廓と呼ばれた遊廓があった場所で、戦後は赤線として栄えました。「にし茶屋資料館」の角を右に曲がってしばらく行くと、掘割にかかる小橋が見えます。*1

この付近はスナックが多いエリアです。

掘割に沿って歩くと公園にでます。

公園に隣接しているスナックの建物。

【参考文献】
*1 木村聡:消えた赤線放浪記(ミリオン出版,2005)P.193-P.199

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飲食店舗 金沢

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