蒲田(屋上遊園地)東急プラザ

蒲田駅前の東急プラザ蒲田店には、屋上遊園地があります。

蒲田に屋上遊園地が出来たのは1968年。開園当初から観覧車が営業していました。その後2014年に、「かまたえん」としてリニューアルオープンしました(案内板より)。

観覧車からの眺め。以前と比べ遊具が少なくなりましたが、蒲田の憩いの場として営業中です。

観覧車の頂上付近からの遠望。

蒲田(御園神社)ホテル王城寄進の玉垣

西蒲田7丁目にある御園神社。

玉垣に蒲田の地元企業など寄進者の名前が刻まれています。

元東京都知事の石原慎太郎氏。

ホテル王城。
ホテル王城は、当時でも数少なかった回転ベッドを備えた昭和のエロスが色濃く漂う老舗ホテルでした。*1
現在、ホテル王城は、別のホテルに建て替わっています。

カテゴリ

信仰・寄進 蒲田

参考文献

*1 鉄人社: *東京裏地図 (鉄人社,2007)裏モノJAPAN8月号別冊 行かなきゃ損する都内B級スポット200選
今でではすっかり見ることのなくなった回転ベッドを、今でも楽しめることができる。ベロアの貼られたカベ…

蒲田(「二業」の電柱標識)二葉も

蒲田の二業地跡の電柱標識。当時の名残を示す「二業」の名前が確認できます。

手書きの「二業」。

かつての待合が集中していた一画。問題の電柱標識はここにありました。

この一画はすべて「二業」と書かれていますが、1本だけ「二葉」がありました。。おそらく、何かの都合で取り換えたときに誤記が発生したのでしょう。
電柱標識プレートには、遊廓の「廓」を廊下の「廊」と誤記した事例などを見かけることがあります。※1※2

蒲田(二業地跡地)旅館の建物

かつての蒲田二業地は、現在は、住宅地となっていて、当時の名残はありません。

唯一、旅館だったと思われる建物が残っています。

石の塀。

かつての待合の雰囲気が残る建物。*1

カテゴリ

花街·花街跡 蒲田

参考文献

*1 上村敏彦: 東京花街・粋な街 (街と暮らし社,2008)
P.231 ・旧見番があった場所にある2階建ての建物。 ・待合の雰囲気が漂う建物。

蒲田(見番跡)二業地

今回は、蒲田(東京都大田区)の町並みを散歩します。
蒲田の二業地は、京急蒲田駅から南へ500mほど離れた場所(現在の南蒲田四丁目20-24番地)に昭和2年に開設の許可が出されました。*1

現在も旧見番の建物が残っています。*2

かなり大きな2階建ての建物です。

花街の雰囲気が残っています。

カテゴリ

花街·花街跡 蒲田

参考文献

*1 蒲田町史編纂会: 蒲田町史 (蒲田町史編纂会,1933)市郡合併記念 リンク
P.319 蒲田二業地は、昭和2年4月19日、許可となり、其の後直ちに地均し(じならし)に着手し、芸妓屋では…
*2 上村敏彦: 東京花街・粋な街 (街と暮らし社,2008)
P.231 ・旧見番があった場所にある2階建ての建物。 ・待合の雰囲気が漂う建物。

蒲田(ホテル末広)天然の黒湯温泉

蒲田駅南口の「ホテル末広」は、昭和27年開業で、当時は「温泉旅館」でした。開業時は「玉屋」という旅館でしたが、手相占いに見てもらったところ「末広」が良いというのですぐに名前を、「末広旅館」変えました。当時、隣には「白蘭」というキャバレー(後のキャバレー「モンテカルロ」)があって、バンドの生演奏が旅館にも聞こえ、華やかな雰囲気でした。*1

日帰り温泉(90分1100円)は、銭湯のように黒湯温泉を味わえます。

待合室には、小沢昭一さんが少年だった頃のふるさと蒲田の地図などが展示されています。

待合室では、冷たい麦茶がサービスです。

参考文献】
*1 交通新聞社:散歩の達人(2012.6)P.9 「ホテル末広が語るあの頃の活気と風情」

カテゴリ

銭湯 蒲田

この記事を参照している用語

蒲田

蒲田(ビジネスホテル?)多摩堤通り

西蒲田6丁目。通りの向こう側にホテルの看板が見えます。

多摩堤通り。ホテルへの入口を示す多数の看板。

趣のある路地。隠れ家的な雰囲気のラブホテルです。

屋上の看板には、ビジネスホテルと書かれていますが、「ビジネス」の部分が白く塗られて消された跡があります。

カテゴリ

ホテル 蒲田

この記事を参照している用語

蒲田

蒲田(スナック街)西蒲田7丁目

西蒲田7丁目の東京蒲田病院の南側に、小規模なスナック街があります。

昭和レトロな店舗が建ち並びます。

建物の角がR形状となっているアパート。

長屋風の建物のつなぎ目の部分の意匠。ウイスキーの瓶のような形状にデザインされています。

カテゴリ

飲食店舗 蒲田

この記事を参照している用語

蒲田

蒲田(タイル張りのアパートの建物)大衆割烹の看板

蒲田駅東口の繁華街の交差点の角にある建物。

建物の側面には大衆割烹「川和路」。かつては料理屋だったようです。

建物の右側半分は、アパートのような造り。

昔、お風呂場で見かけたようなタイルです。

カテゴリ

商業 蒲田

この記事を参照している用語

蒲田

蒲田(激安自販機)ラブドール

蒲田東口中央通りにある激安自販機。黄色で目立っています。

自販機の脇には、ラブドールと思われる女性の人形。名前は「みなみ」さんだそうです。

激安の理由は、1日1000本売れているためです。

「1本買って♡」。

カテゴリ

自販機 蒲田

この記事を参照している用語

蒲田

蒲田(さかさ横丁)映画の町らしい店名

蒲田東口中央通りの先にある歓楽街。カラフルな飲食ビルが建ち並びます。

小規模ですが、スナックや居酒屋が密集しています。

さかさ横丁と呼ばれているようです。

「大女優」。映画の町らしい店名です。

カテゴリ

飲食街·横丁 蒲田 さかさ横丁

この記事を参照している用語

さかさ横丁 蒲田

蒲田(蒲田撮影所跡」の木柱)蒲田東映劇場跡

現在のアスレチッタ1階のエレベーターホールに「蒲田撮影所跡」の木柱が建てられています。

川崎映画街を作った(株)美須商事(旧チネチッタ)は、昭和25年、この場所に「蒲田東映劇場」をオープンさせました(案内板より)。

アスレチッタの裏口(写真左側手前)。ここから、ニッセイアロマスクエア隣りのビル壁面に描かれている「松竹キネマ蒲田撮影所」の絵が遠望できます(写真右奥)。

蒲田の歴史を物語っています。

カテゴリ

娯楽文化 蒲田

この記事を参照している用語

蒲田

蒲田(松竹蒲田撮影所跡)二つの松竹橋

今回は、蒲田(東京都大田区)の町並みと風俗を散歩します。
大正2年(1920年4)、松竹キネマ合名社が設立され、敷地として、蒲田の中村化学研究所跡に蒲田撮影所が整備されました。男女俳優の募集も行われ、その頃の日本映画では女性の役をほとんど”女形”が演じていましたが、松竹では”女は女優”の方針でした。*1
撮影所があった敷地に建てられた大田区民ホール「アプリコ」(写真奥)前の植え込みには、撮影所の入口にあった松竹橋が再現されています。*2

松竹橋の親柱は、もう一つ、「アプリコ」の1階の入口付近に設置されています。

もはや現存しないものとされていた実際の親柱で、鎌倉在住の方から寄贈の申し出があり、70数年ぶりに、当地への里帰りが実現したものです(案内板より)。

「アプリコ」の地階には、全盛時の蒲田撮影所を再現したジオラマがあります。
正門前を逆川(さかさがわ)が流れ、そこに松竹橋がかかっていました。

【参考文献】
*1 永山武臣:松竹百十年史(松竹,2006)P.364-P.367
*2 大田観光協会:大田区観光ガイド(ハーツ&マインズ,2007)P.74

カテゴリ

娯楽文化 蒲田

この記事を参照している用語

蒲田

蒲田(柳通りのラブホテル)53年間営業

柳通りには、多数のラブホテルも立地しています。

53年もの長きの間、営業してきた老舗ホテルも廃業しました。

モダンな曲線のデザインのホテル。表玄関には、「駅前再開発事業施行地区」を示す看板が取り付けられています。

裏玄関。路地の表側と裏側でそれぞれ玄関を持っているのが、柳通りのラブホテルの特徴です。

カテゴリ

ホテル 蒲田

この記事を参照している用語

蒲田

蒲田(柳通り)駅前の再開発計画

京急蒲田駅前の歓楽街「柳通り」。

この地域は、駅前の再開発計画に入っていて、やがては消滅する運命にあるようです。

道の両側にスナックが建ち並んでいますが、現在はすべて閉店しています。

「御自由にどうぞ」と書かれた貼り紙(写真左下)とともに、LPレコードが路上に並べられていました。

カテゴリ

飲食街·横丁 蒲田

この記事を参照している用語

蒲田

蒲田(中央通り)駅東口の歓楽街

今回は、蒲田(東京都大田区)の町並みと風俗を散歩します。
蒲田駅東口の「中央通り」。その名の通り、駅前の正面から一直線に商店街が続いています。

商店と風俗店が混在する商店街です。

道路沿いにピンクサロンが建ち並んでいます。

「絶対満足」と書かれた看板。

カテゴリ

商店街 蒲田

この記事を参照している用語

蒲田