高田馬場(グリーン企画跡地)ビニ本出版社

早稲田通りに面した場所に、かつてビニ本出版社として名を成したグリーン企画の入る雑居ビル「原田ビルマンション」がありました。*1

「原田ビルマンション」は、現在は、成城石井が入る巨大ビルに生まれ変わっていますが、当時の「原田ビルマンション」は、1階はやきとり屋や定食屋がのれんを出す庶民的な雰囲気で、二階に公衆浴場がありました。301号室にグリーン企画がありました。*1

70年代半ば、高田馬場の神田川に近いアパートの一室に創業したエルシー企画は、自販機本「Jam」を出版しました。*1
自販機本は、悪書として扱われ追放運動が行われた地域もありました。※1

グリーン企画は、その後白夜書房に発展。「写真時代」は赤瀬川原平さんの「路上観察学トマソン」などの連載もあり、大ヒットしました。*2

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売店 高田馬場

参考文献

*1 本橋信宏: 高田馬場アンダーグラウンド (駒草出版株式会社ダンク出版事業部,2019)
P.128 グリーン企画は、大手取次を通さず書店に持っていく「直販本」というヌードとエロ記事が載った雑誌…
*2 山崎一夫: 高田馬場の三馬鹿物語 (竹書房,2005)
「『白夜書房』の前身の『グリーン企画』って、確か『たぬ』の本店の近くの路地裏に、小さなお店をだして…

参考記事

高田馬場(日本館)昭和11年に始まった学生向けの下宿屋

国旗掲揚塔※1 のある通りを南へ進んだ四つ角にある下宿屋の日本館。昭和11年に始まった学生向けの下宿屋です。

玄関。

部屋数は約30室。

穴あきブロック塀の下に、穴あき状に石材を平積みした構造。

高田馬場(国旗掲揚塔)東京オリンピック

早稲田通りの馬場口交差点から南へ折れ、階段になっている歩道を上り切ったところにある馬のモニュメント。

馬のモニュメントの先に、国旗掲揚塔が鎮座しています。

諏訪町会国旗掲揚塔。1964年(昭和39年)の東京オリンピック東京大会を記念して建てられたものです、日付は10月24日となっています。
千駄ヶ谷で見かけた国旗掲揚塔※1と同じく、町内会が建てたものです。

国旗掲揚塔から北側。写真左奥が「馬のモニュメント」です。

高田馬場(老舗蕎麦店)早稲田の旗

早稲田通り沿いにある老舗蕎麦店。ここも2階は学生ローン※1 です。

蕎麦だけでなく、丼ものも充実しています。

店内には早稲田の旗。昭和15年頃まで早慶戦で早稲田が勝つと、商店街に掲げられたそうです。

うな丼セット(980円)と日本酒を注文。

高田馬場(駅前の看板)学生街の学生ローン

今回は、高田馬場(東京都新宿区)の町並みと風俗を散歩します。
高田馬場は、学生の町です。この町には「学生ローン」と書かれた看板を多くみかけます。

1977年から続く老舗店。

1階が蕎麦屋、2階が学生ローン

電柱の張り紙。

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商店街 高田馬場

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高田馬場

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高田馬場(料理屋跡地)この一画の一番奥まったところ

高田馬場駅前のJR山の手線と西部線に囲まれた飲食街(旧柳小路)※1。
1960年代の頃、この一画の一番奥まったところには、アングラ芝居のバラック小屋がありましたが、その後、浅草千束をおもわせる料亭とバーの街に変身しました。*1

地元の方の話によると、この場所には料理屋の「海の家」*2があって、女性の接客のある店だったそうです。
現在は、1階に「DVD鑑賞」店が入っています。

夜になると、看板に灯りが灯ります。

神田川からみた飲み屋街方面。川と線路に囲まれた一画であることが解ります。
1950年代に特飲街が計画されたこの一画*3※1 は、高田馬場の歴史が凝縮された場所と言えそうです。

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花街·花街跡 高田馬場

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高田馬場

参考文献

*1 富田英三: 新東京百景 (スポーツニッポン新聞社出版局,1975)
P.100-P.101 《高田馬場》一級騒音地 騒音地なればこそ繁盛する、飲み屋に焼き鳥、ラブホテル 国電山…
P.15 現在の高田馬場2丁目19−8に料理「海の家」の記載。
*3 朝日新聞社: 朝日新聞 (朝日新聞社,1950.10.4)高田馬場に“湯の街”・地元や早大は大反対
国電高田馬場駅付近に、“湯の街”を作る計画が向島“ハトの街”の経営者らによって進められ、地元の向上や学…

参考記事

高田馬場(駅前の飲み屋街)“湯の街”計画跡地

高田馬場駅前。JR山手線(写真左)と西武線(写真右)と神田川に囲まれた一画に、小規模な飲み屋街が形成されています。
昭和30年頃の住宅地図*1 を見ると、この一画は、「のみや」「ぜんぶのみや」などと記されています。
昭和37年の駅前再開発※1 の後、数年間は「のみや」が残っていましたが、その後は、写真のような飲食店街兼高層マンションに建て替わり、立体化が進みました。

かつては、柳小路というしゃれた名前がつけられていたこの一画。1960年代までは、スラム街同様のドブ小路だったそうです。*2

話はさらに遡りますが、この一画に昭和25年(1950年)、特飲街を建設しようという話が持ち上がりました。*3
ちょうど大田区の池上の特飲街騒動*4※2と同じ時期に、高田馬場でも同様の騒動があったわけです。

夜の飲み屋街。

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赤線·私娼跡 高田馬場

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高田馬場

参考文献

*1 都市整図社: 火災保険特殊地図-戦後1新宿区全図 高田馬場方面 (都市整図社,年代不詳)
ガード下に「のみや」の記述。
*2 富田英三: 新東京百景 (スポーツニッポン新聞社出版局,1975)
P.100-P.101 《高田馬場》一級騒音地 騒音地なればこそ繁盛する、飲み屋に焼き鳥、ラブホテル 国電山…
*3 朝日新聞社: 朝日新聞 (朝日新聞社,1950.10.4)高田馬場に“湯の街”・地元や早大は大反対
国電高田馬場駅付近に、“湯の街”を作る計画が向島“ハトの街”の経営者らによって進められ、地元の向上や学…
*4 時事通信社: 時事通信 (1510) 時事解説版 (時事通信社,1950.11)世論にゆらぐ歓楽街――池上の場合
P.2241-P.2242 「池上特飲街付近」に、特飲街の場所の記載。 住宅地域に割り込んできた新しい”湯の街”特…

参考記事

この記事を参照している記事

高田馬場(ホテル街)電柱看板

高田馬場の繁華街「さかえ通り」を100mほど進んだあたり。南側に細い路地があります。

卓球場の角に建つホテルの電柱看板。

この付近は、小規模なホテル街になっています。

逆方向から。

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ホテル 高田馬場

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高田馬場

高田馬場(カード下)飲み屋の一群

高田馬場駅の西武新宿線のガード下は、戦後、バラック建の飲み屋の一群がありました。*1

現在もその名残の飲み屋街が続いています。

3階建ての建物。

戦後の住宅地図*2 によると、神田川近くまで建物が続いていました。

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飲食街·横丁 高田馬場

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高田馬場

参考文献

*1 都市整図社: 火災保険特殊地図-戦後1新宿区全図 高田馬場方面 (都市整図社,年代不詳)
ガード下に「のみや」の記述。

高田馬場(女神の像)昭和37年の駅前再開発

今回は、高田馬場(東京都新宿区)の町並みを散歩します。

高田馬場の駅付近は、戦後急増したバラック建ての老朽家屋が密集していましたが、昭和37年、駅前再開発が始まり、駅前広場の中央に女神の像が設置されました。*1

完成当時は、周囲に噴流水が設けられたそうです。*1

再開発の経緯を記す碑が建てられています。

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繁華街 高田馬場

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高田馬場

参考文献

*1 丹羽正春: 東京 (通号 287) (東京商工会議所,1971.05)こうして高田馬場の商店街再開発に成功した(講演要旨)
P.37-P.38 高田馬場は終戦後の二十三年の三月に、戦災復興事業として、政府の指定を受けたのですが、まだ…

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高田馬場(豊川浴泉)生バラの風呂

神田川の北側にある豊川浴泉は、木俗建築の銭湯です。

西側に回り込んでみると、大きな煙突が見えます。

この日(17日)は、「生ばらのおふろの日」でした。

脱衣所には、演歌が流れていて、北島三郎さんのポスターなどが、貼られています。

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銭湯 高田馬場

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高田馬場

高田馬場(全線座)学生街のストリップ劇場

都内で、名画座と呼ばれる映画館で残っているのは15軒ほどです。高田馬場の「早稲田松竹」は、毎回2本立て旧作名画を流し、朝から晩までのんびりと楽しめる空間です。*1

「早稲田松竹」は、昭和26年に、松竹の封切館としてスタートし、昭和50年に2本立て名画座に路線変更しました。平成14年にいったんは休館しましたが、その後、早稲田大学の学生が中心となって、復活させました。*1

穴八幡宮の近くに、映画館の「早稲田全線座」が昭和30年代までありました。「早稲田全線座」は、映画館でしたが、実は映画館とストリップの2本立てで、上映されていました。*1*2
「早稲田全線座」で上映されたストリップは、「全スト」(一糸まとわぬストリップ)でした。劇場の前には、「憎いほど見せます!悶えます!」とお色気たっぷりの看板が立掛けられました。*2

閉館後は、自動車販売会社のショールームになりましたが、現在は空きビルとなっています。

【参考文献】
*1 散歩の達人(2006.7)P.33「復活の名画座ものがたり」,P.49「昭和33年地図で歩く」
*2 実話と秘録(広晴社,1963)P.22-P.23

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劇場 高田馬場

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高田馬場

高田馬場(早稲田大学演劇博物館)ストリップの展示。

早稲田大学演劇博物館は、英文学者の坪内逍遥の業績を記念して建てられた日本で唯一の演劇博物館です。*1

民俗芸能展示室(2階)。

近代展示室(3階)には、ストリップの展示もあります。(下の写真は、館内で発売(¥500.-)されている「演劇博物館」の冊子*1 のP.15)
ストリップをも芸能の一分野と認定し、歴史的資料を展示しているのは、さすが演劇博物館です。案内板のストリップという片仮名の下には、Burlesque(バーレスク)と英語が記されていて、学術研究としての対面を保っています。日本初のストリップは、1947年に帝都座五階劇場で上演されました。*2
同年に上演された「女の学校」というタイトルのストリップのポスターが常設展示されています。

森繁久彌さんの企画展示が行われていて、コミックオペラ「モルガンお雪」のポスターなどが展示されています。

【参考文献】
*1 早稲田大学演劇博物館:早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(早稲田大学演劇博物館,2001)P.4,P.14-P.15,P.20-P.21
*2 荒俣宏:万博とストリップ(集英社,2000)P.14-P.17

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娯楽文化 高田馬場

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高田馬場

高田馬場(名曲「神田川」ゆかりの地)アパート跡地

昭和48年(1973年)に大ヒットした南こうせつとかぐや姫の名曲「神田川」は、”四畳半フォーク”の代表曲で、これまでのメッセージ・フォークにはっきり別れを告げた曲でした。哀愁をおびたバイオリンの音をともないながらの「ただあなたの優しさが怖かった...」というくだりが、同棲生活のあやうさをよくあらわしていました。*1
「神田川」の歌詞は、作詞をした喜多条忠さんの自らの学生時代の体験に基づくものです。喜多条忠さんは、2年生になると新入生のみち子さんと知り合い、神田川沿いの3畳一間のアパートで同棲するようになりました。写真の左側の5階建ての建物のあたりが同棲していた「神田川」のアパート跡です。*2

「神田川」の歌詞の最後「若かったあの頃、何もこわくなかった」と書き上げるまでわずか15分しかかからなかったといいます。当時、大学は、ベトナム反戦運動と授業料値上げ・管理反対闘争で揺れていて、喜多条忠さんもヘルメットをかぶり学生運動に加わり、機動隊とぶつかり、殴られたり催涙弾を浴びました。しかし、若い喜多条さんに失うものはなく、何も恐くありませんでした。「逆に恐いのは何か」と考えました。泥だらけになって、みち子さんが待つ部屋に帰ると、いつもと変わらず台所でカレーを作っている彼女の背中が見え、「俺はこういう日常にいつか埋没するのだろうか。俺にとって恐いのは、彼女の変わらぬ優しさかもしれない。」と考えました。そして、日本の自由詩の歴史上もっとも有名で、悲しく、せつない詩句が、このとき誕生しました。--ただあなたのやさしさがこわかった。*2*3

昭和49年(1974年)に公開された映画「神田川」は、この名曲「神田川」が原案となっています。大学生の誠のアパートがあったロケ地跡の石段は当時とほとんど変わっていません。*2

「神田川」の歌詞に登場する横丁の風呂屋のモデルは、西早稲田にあった「安兵衛湯」と言われています。*3
現在はマンションになっています。*4


【参考文献】
*1 世相風俗観察会:代世相風俗史年表1945→2008(河出書房新社,2009)P.195
*2 本橋信宏:60年代郷愁の東京(主婦の友社,2010)P.53-P.72
*3 テリー伊藤:歌謡Gメンあのヒット曲の舞台はここだ!(宝島社,2005)P.19
*4 新宿区住宅地図(1990)P.17

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芸能・音楽 高田馬場

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田川 高田馬場

高田馬場(神田川沿いの看板)嘔吐禁止

高田馬場と言えば、神田川です。高田馬場の町を東西に流れ、早稲田方面へ続いています。

高田馬場駅近くの神田川は、繁華街が隣接しているので、このような「小便・嘔吐等厳禁」の看板があります。

神田川沿いに歩いていくと、木々が生い茂る場所があります。

大便等禁止の貼紙。消えかかっていますが、「軽犯罪法違反」と書かれています。

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看板・貼紙 高田馬場

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田川 高田馬場

高田馬場(さかえ通りの美容室)1階にレストラン、2階がアパート

さかえ通りに、昭和を感じさせる美容室の建物があります。

古い看板が連なっています。

2階はアパートになっていて、1階の美容室の隣がアパートの入口です。

1階の右側半分は、タイ料理の店になっています。

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理美容室 高田馬場

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高田馬場

高田馬場(ビデオ店)看板だけが残されています。

今回は、高田馬場(東京都新宿区)の町並みを散歩します。
高田馬場駅前の繁華街の「さかえ通り」。通りの奥まったあたりに、元ビデオ店だったと思われる建物があります。

「ビデオ」の看板だけが残されています。

個室鑑賞の店も数軒あります。

個室ビデオ店の貼紙。

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売店 高田馬場

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