三沢(公衆トイレ)狸小路

三沢の飲食街「狸小路」。※1

飲食街の中心部を曲がったところに、公衆トイレがあります。

飲み屋街には必須の公衆トイレ。ドアはピンク色です。

綺麗に清掃されたトイレ。

三沢(狸小路)中央町

三沢市中央町には、大規模な飲み屋小路が密集しています。中でも狸小路は、入口のゲートが昭和の雰囲気を醸し出しています。

狭い小路の両脇にスナックが連なります。

逆方向から。

小路の奥まったあたり。

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飲食街·横丁 三沢

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三沢(米軍基地)アメリカ村

三沢は基地の町です。基地の入口には、「U.S. AIR FORCE(アメリカ空軍)」と「航空自衛隊三沢基地」の2つの看板が並んでいます。

基地近くには、アメリカ村と呼ばる外国人のお客さんが多く集まるバーが点在している一画があります。

高層マンションのような外観の基地の宿舎。

米軍基地専用線跡。

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繁華街 三沢

三沢(駅そば)三沢駅

十和田観光電鉄線三沢駅の駅舎の中では、駅そばが営業中です。

十和田駅※1 と同じ、スペシャルそばがお勧めです。

味付けこんにゃく(50円)は、三沢駅のオリジナルメニューでしょうか。

スペシャルそば(天ぷら、山菜、月見)とビールを注文。さらに、味付けこんにゃくを注文。ビールのつまみに、山菜と味付けこんにゃくが良く合います。

三沢(十和田観光電鉄三沢駅)

今回は、三沢(青森県三沢市)の町並みを散歩します。
青い森鉄道線三沢駅の西側に、2012年に廃線となった十和田観光電鉄線の三沢駅の駅舎が残っています。

北側の入口。

現在も残る切符売り場

現在は、使われていないプラットホーム。

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公共施設 三沢

参考文献

*1 東奥日報社: 東奥日報 (東奥日報社,2006.3.13)
P.8 駅物語86 十和田観光鉄道⑪ 三沢 1922(大正11)年の開業。国鉄東北本線(現在青い森鉄道青い森鉄道…

野辺地(スナック街)野辺地町役場の北側の通り

野辺地町役場の北側の通りは、飲食店やスナックが連なる歓楽街です。

「銀座館」という名の商業ビル。

小路の奥まった場所にあるカラフルな建物。

1階が、美容室。2階がカラオケスナック店。

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飲食店舗 野辺地

野辺地(旧金沢町の旅館)L字型の木造建築

大万旅館のある旧金沢町の旅館街。*1※1
木造建築の旅館がもう一軒あります。

旅館「福よし」。

1階部分は、洋風の佇まいです。

建物は、L字型に連なっていて、かなり大型です。

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旅館 野辺地

参考文献

*1 野辺地町文化財保護審議会: あるくみるなっとく野辺地の自然と文化 (野辺地町文化財保護審議会,2012)
P.52 旧大萬(だいまん)旅館 旧大萬旅館は、入母屋屋根に玄関バルコニーを持つ2階建ての和洋折衷の木…

参考記事

野辺地(旧大万楼)和洋折衷の木造建築

明治時代以降、北海道のニシン漁などで働くため、野辺地湊から多くの人が海を渡りました。野辺地の旧金沢町には旅館街があって、北海道に渡る人たちでにぎわいました。*1

野辺地には、かつて、大万楼、旭楼、恵比寿楼、満月楼、柏楼、大黒楼、雲月楼、来盛楼、いろは楼等の遊廓がありました。*2
大万旅館は遊廓(屋号から「全国遊廓案内」に記載の大万楼と思われます)でした。*3

玄関バルコニー。和洋折衷の木造建築です。
大萬旅館は、1988年のフジテレビのドラマ「飢餓海峡」の撮影現場ともなりました。*1

玄関。

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遊廓·遊里 野辺地

参考文献

*1 野辺地町文化財保護審議会: あるくみるなっとく野辺地の自然と文化 (野辺地町文化財保護審議会,2012)
P.52 旧大萬(だいまん)旅館 旧大萬旅館は、入母屋屋根に玄関バルコニーを持つ2階建ての和洋折衷の木…
*2 日本遊覧社: *全国遊廓案内 (日本遊覧社,1930) リンク
野辺地遊廓は、青森県上北郡野辺地町にあって、東北本線野辺地駅で下車すれば北へ約三丁の地点にあたって…
*3 経済産業省東北経済産業局: 東北地域における映像産業の現状と課題及び振興の方向性に関する調査 報告書 (経済産業省東北経済産業局,2008) リンク
P.104 <資料7>潜在的な素材 野辺地町 横浜町の菜の花畑、野辺地町の日本最古の常夜塔、昔の遊廓(大…

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野辺地(のへじ北前ラーメン)薬草茶「カワラケツメイ」を練り込んだ麺

今回は、野辺地(のへじ、青森県上北郡)の町並みを散歩します。
野辺地の中心街は、駅からは1km近く北東へ向かった、かつて本町と呼ばれたエリアですが、野辺地駅前にも小規模な商店街があります。

駅前のさかもと食堂。

ラーメンと丼物、定食が中心です。

薬草茶「カワラケツメイ」を麺に練り込んだ「のへじ北前ラーメン」を注文。

 

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食文化 野辺地

三本木(とうてつ駅そば)地元に愛されるお蕎麦屋さん

かつての十和田観光電鉄、十和田駅の「駅そば」は、廃線後、十和田市中央バス停前に移転しましたが、そのとき駅そば「とうてつ駅そば」が現在も営業中です。*1

懐かしさ、温かさを感じる地元に愛されるお蕎麦屋さんです。*2

1日5食限定のチキンかつカレーは、売り切れていました。

お勧めの「スぺシャルそば」(天ぷら、山菜、玉子)を注文。

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食文化 三本木

この記事を参照している用語

三本木

参考文献

*1 十和田市観光協会: 十和田市観光情報 アーツトワダ ウェブ (十和田市観光協会,)とうてつ駅そば リンク
十和田にはかつて十和田観光電鉄という鉄道路線があり、十和田駅という駅も存在しました。この…

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三本木(キャバレー花園)飲み屋街のビックスリー

東三番街のスナック街にあるキャバレー花園。

戦後間もない頃、浜田恵美子女史が、京都、大阪の美人ホステスを動員して産馬通りに「民謡酒場」を開業したのが当たって、昭和38年、東三番街に進出。「サロン花園」と「割烹大坂屋」を新築開店しました。*1

菊地正一氏の「クラブこけし」「割烹こけし」、そしてマダム(田鶴子女史)の「湖畔グループ」と併せ、飲み屋街のビックスリーと呼ばれました。*1

花園の看板。外国人芸能人は公演活動しか行わないので、お客様の応対はできません。

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社交場 三本木

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産馬通り 浜田 三本木

参考文献

*1 江渡武多朗: *十和田市流通業界今昔物語 (皆さんの新聞社,1976)附・十和田市流通業界のぞきみて歩きの記
 戦後間もない頃、浜田恵美子女史が、京都、大阪の美人ホステスを動員して産馬通りに「民謡酒場」を開業…

三本木(東三番街)昭和40年代に発達した呑み屋街

大正初期以降、戦時中を除き昭和三十年代中期まで、花柳街の老舗が繁栄しましたが、昭和40年代になると、キャバレー、スナック、バー等の登場となり、呑み屋街が発達しました。*1
その中で、東三番街は、現在も残る呑み屋街です。写真右側の焼肉の「食堂園」は、1977年の住宅地図*2 にも掲載されている店です。

カラフルなスナックの店舗が建ち並びます。

看板が密集。

反対側の入口。一方通行の出口です。

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飲食街·横丁 三本木

この記事を参照している用語

三本木

参考文献

*1 江渡武多朗: *十和田市流通業界今昔物語 (皆さんの新聞社,1976)附・十和田市流通業界のぞきみて歩きの記
 戦後間もない頃、浜田恵美子女史が、京都、大阪の美人ホステスを動員して産馬通りに「民謡酒場」を開業…
*2 日興出版: 十和田市住宅地図 (日興出版,1977)
P.27 産馬通り。東三番街。

参考記事

三本木(産馬通り)料亭「一心亭」跡地

三本木町(現在の十和田市)は馬産の町として知られ、に、明治17年(1884)に陸軍省軍馬育成所が設置され、馬せり(馬市)のときは、まるでお祭りのように人が集まり、周辺の旅館・商店は産馬で潤いました。馬主は、料亭に上がり込み、百円の札ビラを切るので料亭の主人は釣り銭に困るほどでした。*1
産場通りは、町の中心街で、代表的なものに、一心亭(産馬通り)、忍亭(五丁目東裏)がありました。*2

当時、本通り現東映付近に料亭「一心亭」がありました。*3
現在、その面影はありません。
「一心亭」は、魚屋の「一心太助」からとって「一心亭」と名付けられました。*4

「産馬通りでサンバを!」というアイディアで、毎年、「十和田サンバカーニバル」が開催されています。

産馬通りから北へ入った通りは、かつての料亭街でした。

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花街·花街跡 三本木 産馬通り

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三本木

参考文献

*1 むつ小川原産業活性化センター: むつ小川原ガイド (むつ小川原産業活性化センター,)馬と歩む奥州路 リンク
馬市と産馬通り  馬産の町として知られていた十和田市(当時は三本木町)に、陸軍省軍馬育成所が設置さ…
*2 江渡武多朗: *十和田市流通業界今昔物語 (皆さんの新聞社,1976)附・十和田市流通業界のぞきみて歩きの記
料亭方面を探訪すると、代表的なものに、一心亭(産馬通り)、忍亭(五丁目東裏)があった。共…
*3 日刊東北社: 写真集「なつかしの三本木」 のしおり (日刊東北社,1977)
P.10 ◎料亭一心亭 今は裏手にあるが当時本通り現東映付近にあった一心亭。 ◎島田楼 元新地通り現西十…
*4 太素顕彰会: 十和田(旧三本木)開拓の秘話 (太素顕彰会,1986)
P.32 「一心亭」は、新潟の方の人で、舟で料理か何かの商売をしていたと言いますが、三本木に来て、その…

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三本木(国際会館パチンコ中央店)1950年創業

十和田市稲生町の繁華街。道路沿いにレトロなパチンコ店。

同じビルにスナックや飲食店も同居しています。

ビルの2階は、「三十番街」という飲食街になっています。

1951年創業。

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娯楽文化 三本木

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三本木

三本木(三本木町遊廓跡地)新地通り

今回は、三本木(青森県十和田市)の町並みを散歩します。
「全国遊廓案内」*1 によると、三本木町遊廓は、三本木町新地(しんち)に、貸座敷が3軒ありました。昭和29年の地形図*2 を見ると、西一番町の理念寺(写真右側)の西側に「新地」の記載があり、昭和9年の警察関連の資料*3 には、三本木町の貸座敷として、金助屋、島田楼、近盛楼の3軒が記載されています。

この付近には、「新地通」と書かれた電柱番号札が広範囲に分布しています。

当時、「新地通り」という通り名が、現在の西十一番町に存在し、そこには島田楼がありました。*4

西十一番町付近。

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遊廓·遊里 三本木

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三本木

参考文献

*1 日本遊覧社: *全国遊廓案内 (日本遊覧社,1930) リンク
P.51  三本木町遊廓は、青森県三本木町新地にあつて、東北線古間木駅で十和田鉄道に乗換へ三本木駅で下…
*2 地理調査所: 三本木 応急修正版 (五万分一地形圖 ; 八戸 13號) (地理調査所,1954)
理念寺の西側、北園小学校の東側に、「新地」の記載。
*3 中村元吉: *警察史余話第一集売春三百年史 (中村元吉,1959)
屋号  氏名   娼妓数 三本木 金助屋 大坂ミヨ 二 島田楼 昆ソメ  二 近盛楼 武部サシ 三 …
*4 日刊東北社: 写真集「なつかしの三本木」 のしおり (日刊東北社,1977)
P.10 ◎料亭一心亭 今は裏手にあるが当時本通り現東映付近にあった一心亭。 ◎島田楼 元新地通り現西十…