利尻(妙泰寺)遊女が信仰した稲荷神社

鬼脇にある日蓮宗妙泰寺。

かつて、境内には大正初期に建立された秋田谷稲荷明神の稲荷堂があり、鬼脇の遊廓の遊女が信仰していた時期がありました。*1

現在、妙泰寺の境内には、平成十年に新築された稲荷神社があります。

鳥居の奥に小さな稲荷堂があります。

【参考文献】
*1 工藤浄真:利尻研究(1986.05)P.11-P.25「利尻島における稲荷信仰

利尻(鬼脇遊廓跡地)ヤムナイ橋へも行ってみました。

利尻島の遊廓は、明治12年頃、鴛泊(おしどまり)に遊廓があり、明治32年に道庁告示により鬼脇村字ヤムナイ(清川)にも遊廓が設けられました。*1
利尻島郷土資料館の鬼脇市街略図*2 によると、橋を渡った先に遊廓がありましたが、ここからどのくらいの距離の場所にあったかは不明です。この道の先は行き止まりになっています。

清川の鬼脇中学校近く。ここから南側(この写真を撮った方向の逆方向)へ折れると鬼脇橋へ出ます。

鬼脇市街略図*2 に記載のあったヤムナイ橋「止内橋」へも行ってみました。

現在のヤムナイ橋は、鬼脇の市街から約1km離れた場所にあり、1枚目の写真の道の先に遊廓があったとは考えにくく、遊廓があった場所の詳細は不明です。

【参考文献】
*1 利尻富士町史編纂委員会:利尻富士町史(利尻富士町,1998)P.1358
【参考記事】
*2 風俗散歩(利尻):利尻島郷土資料館「明治末期 大正初期 鬼脇市街略図」

利尻(利尻島郷土資料館)鬼脇市街略図に遊廓の記載

鬼脇は、利尻島のフェリーターミナルのある鴛泊(おしどまり)から、バスで約30分の場所にある町です。かつてはニシン漁で繁栄しました。
鬼脇の市街の中心部にある利尻島郷土資料館は、かつて鬼脇村役場だった歴史ある建物を利用した資料館です。

館内に地元の古老が記憶にもとづいて作成した「明治末期 大正初期 鬼脇市街略図」が展示されています。市街の中心部には、料亭が建ち並ぶ通りもあり、かつての繁栄が偲ばれます。

市街図によると、資料館(旧役場)の前の一つ南側の通りを西側へ進んで橋を渡った先に、遊廓があったようです。

遊廓手前の橋の下を流れる川を南へたどったところに、「ヤムナイ橋」の名が記されていますが、現在のヤムナイ橋は、ここから約1kmも離れた場所にある橋なので、この橋は鬼脇橋(鬼脇市街の東端に現存する橋)のことかもしれません。