浦河(浦河遊廓跡地)ウロコベツ川の河畔

浦河に遊廓が許可されたのは、明治30年。場所は常盤町の奥、ウロコベツ川の河畔にありました。このあたりは、当時の浦河市街地から考えれば、ちょうど奥座敷に当たる場所です。*1

昭和9年の浦河港大観*2 の附図「浦河町市街浦河港俯瞰図」に、田中楼と桃花楼の位置が記されています。

「浦河町市街浦河港俯瞰図」*2 によると、田中楼と桃花楼があった場所は、森林事務所の先、ウロコベツ川の流れが道路から離れ、再び道路に近づくあたりですので、このあたりかもしれません。

田中楼の建物は、一部二階建てで、客部屋は9つほどありました。これに楼主の茶の間や寝間、台所、風呂などが続き、上からみると口の字型につながっていました。昭和5年浦河港の完成は、浦河に未曾有の繁栄をもたらしましたが、浦河遊廓もその恩恵を十分に受けました。浦河の成人男性以上の男でここに足を踏み入れぬ者はありませんでした。*1

【参考文献】
*1 グルッペ21うらかわ:浦河百話(共同文化社,1992)P.396-P.401
*2 浦河漁業組合:浦河港大観(浦河漁業組合, 1934)

浦河(えびす湯)タイル絵

銭湯のえびす湯。

浜町の中心部にあります。

昭和40年頃は、住民だけでなく船で浦河港に入る漁師たちも来て、多い日には300人もの客を迎えて芋の子をあらうような混雑ぶりでした。*1

入口には、えびす様のタイル絵。

【参考文献】
*1 小野寺信子,河村和美,髙田則雄,続浦河百話編集委員会:続浦河百話(同文化社,2013)P.401

■カテゴリ 浦河 銭湯

浦河(大黒屋)大正7年創業

浦河市街にある映画館の大黒座。大正7年の創業です。*1

当時、浦河の最も一般向きな娯楽機関としては、大衆館、大黒屋の2館がありました。大衆館は松竹、新興キネマの製作品を上映、大黒座は日活系に属していました。*2

魚期市中の賑わう際は、ほどんど毎夜ぶっ通しの興行で、映画の他に地方民謡・レビュー、浪花節等の出し物を配合した興業でした。*2
様々な旅芸人一座が全国を回っていた時代、会場は、大黒座のような映画館でした。*3

小規模な映画館が存続にかかわる岐路に立たされている中、大黒座はデジタル映写機器を導入し営業を継続しています。*1

【参考URL】
*1 浦河大黒座 公式サイト
【参考文献】
*2 浦河漁業組合:浦河港大観(浦河漁業組合, 1934)P.53
*3 小野寺信子,河村和美,髙田則雄,続浦河百話編集委員会:続浦河百話(同文化社,2013)P.318-P.321

■カテゴリ 劇場 浦河

浦河(花街跡)殷賑を極めた浦河の花柳界

今回は、浦河(北海道 浦河郡浦河町)の町並みと風俗を散歩します。
浦河の浜町には、昔、料亭があって、歌や踊り、三味線、太鼓などで客を楽しませる芸者さんをたくさん抱えていました。*1
料亭(割烹)は、「若松」「海月」「藤本」「一力」「ぎおん」、カフエーは、「クロマツ」「若松」「大洋」「キング」「坊ちゃん」「アケミ」「銀座会館」「エリモ」「ミナト」「末広」「明月」「金星」「嬢ちゃん」「一二三家」「マスミ」「酒場殿様」「思い出」などがありました。*2

料亭「海月」があったあたり。*1
浦河の花柳界の殷賑を極めた理由の一つに、「若松」と「海月」がきっこうして互いに譲らなかったことがあげられます。*2

料亭「若松」があったあたり。*2

浜町通りの中心部の交差点。この付近にカフエー「坊ちゃん」がありました。*2

*1 石田明:街並に生きた人びと 昭和初期の浦河(石田明,1992)P.185-P.187
*2 小野寺信子,河村和美,髙田則雄,続浦河百話編集委員会:続 浦河百話(浦河町,2013)P.399-P.404