八戸(新むつ旅館)豪華な食事

この日は、新むつ旅館に宿泊です。

折鶴の釘隠し

旅館に隣接していた土蔵(明治 40年建造)を解体した際に発見された大工の墨書。当時の遊興料、コメ、地酒などの料金も記されており、当時の貴重な資料です。*1

皿数の多い豪華な食事。この後、白菜のお新香とイカの塩辛がサービスです。

【参考URL】
*1 新むつ旅館:ホームページ

八戸(新むつ旅館)輪違模様

小中野の旧遊廓街だった道幅の広い道路に、当時の遊廓の建物を利用した「新むつ旅館」があります。

前回、新むつ旅館へ宿泊しましたのは、6年前の2008年。*1
その間、土台の改修工事などが行われ、現在も営業が継続されています。

軒先の装飾は、「輪違模様」と呼ばれる見事な細工が施されています。*2

夜の新むつ旅館。

【参考記事】
*1 風俗散歩(八戸):新むつ旅館(2008.9)
【参考文献】
*2 rakra(2008.1)

八戸(小中野遊廓跡地)鍵の手の街路

陸奥港駅の方から橋を渡って遊廓があった小中野に入ると、鍵の手のある街路が伸びています。*1
周囲の道路と比べ、この鍵の手の街路だけが、道の幅が広くなっています。

町のほぼ中央に残る戦前に建てられたと思われるお宅。*1
昭和6年の市街図*2 によると、二つ目の通りには、東楼、旭楼、観月楼、国楼、五明楼がありました。

さらに行くと二つめの鍵の手が現れます。*1

鍵の手を抜けた三つめの通り。ここには、花月楼、錦楼、新喜楼、山内楼がありました。*2

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く 完結編(自由国民社,2007)P.50-P.51
*2 東京交通社:大日本職業別明細図(東京交通社,1937)「八戸市」

八戸(たぬき小路)吉永小百合さんのCM

鷹匠小路を進むと、昭和の雰囲気が残る「たぬき小路」の入口があります。

提灯が連なります。

JR東日本のポスターに出演を続ける吉永小百合さんの「八戸の横丁編」は、「たぬき小路」で撮影されました。*1

小路を奥へ進むと鍵型に横丁が曲がって、奥の「五番街」へ続いています。

【参考文献】
*1 東日本旅客鉄道株式会社:トランヴェール(2013.8)P.38-P.39

八戸(れんさ街)牢丁連鎖街

今回は、八戸(青森県八戸市)の町並みと風俗を散歩します。
八戸には、その名にふさわしく八つの横丁があります。古い順に、たぬき小路、長横町れんさ街、ハーモニカ横丁、ロー丁れんさ街、五番街、花小路、みろく横丁、八戸昭和通り。

長横町れんさ街の入口。案内板に、れんさ街の歴史が説明されています。
れんさ街は、昭和30年、商店が軒を連ねる横丁として、産声をあげました。かつては周囲に映画館も集中していました。やがて飲食店が集まり出し、現在のような町並みが出来上がりました。(案内板より)

「れんさ名店街」という呼び方もあるようです。

「ロー丁れんさ街」は、漢字では「牢丁連鎖街」。藩政時代の牢屋の場所に、戦後、鎖のように飲食店が連なりました。*1
。現在は、商店が少なくなり、駐車場になっています。

【参考文献】
*1 東日本旅客鉄道株式会社:トランヴェール(2013.8)P.38-P.39

八戸(安藤自転車店)モダンなデザインです。

湊橋近くに、「赤線跡を歩く完結編」*1 に写真が掲載されている自転車屋さんがあります。

モダンなデザインの建物です。

木製のドア。

2階部分には、モダンな装飾が施されています。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く 続々・消えゆく夢の街を訪ねて 完結編(自由国民社,2007)P.51

■カテゴリ 八戸 商業

八戸(陸奥湊の廃業ホテル)カーホテル

小中野の隣の陸奥湊駅で下車し、新井田川沿いを散歩します。川沿いにホテルがあります。

その名も「ホテルリバーサイド」。残念ながら廃業していました。

裏口へ回ると、「カーホテル」と書かれています。懐かしい響きです。

各部屋の入口には、世界各国の都市名が書かれています。手前から、京都、モンテカルロ、ベニス、グルノーブル、サンフランシスコ、ヴェルサイユと部屋が並んでいます。

■カテゴリ ホテル 八戸

八戸(新むつ旅館)空中廊下

新陸奥旅館の玄関に入ると目の前にY字型に分かれる階段があります。

2階の部屋と部屋を結ぶ空中廊下。

大広間。

部屋には、大福帳と貸座敷遊客名簿。貴重な資料です。
貸座敷遊客名簿には、客に身体的特徴、衣服、相手をした遊女の名前、遊興費などが克明に記録されています。*1

【参考文献】
*1 rakra(2008.1)

八戸(新むつ旅館)元遊廓の建物で営業中です。

八戸駅から2駅隣の小中野駅から徒歩10分ほどの場所に東北屈指の歓楽街と言われた小中野新地がありました。

新むつ旅館は、明治30年、貸座敷「新陸奥楼」として開業しました。ただの遊廓ではなく、20畳の宴会場と5つの部屋があり、芸者2人、遊女3人を抱え、芸者遊びが出来る遊廓でした。昭和32年の売春防止法施行後は、建物をそのまま生かし旅館として時を刻んできました。*1

同じ通りを北側から見たところ。

昭和のはじめに建てられたと思われる旅館。

【参考文献】
*1 rakra(2008.1)

八戸(駅前のストリップ劇場)小沢代表のポスタ

今回は、八戸(青森県八戸市)の町並みと風俗を散歩します。
新幹線の駅がある八戸駅からJR八戸線に乗り、2駅目の本八戸駅で下車します。
本八戸駅前にあるスリップ劇場。ストリップ劇場にしてはめずらしく派手な装飾のない建物です。

雰囲気のあるブリキの塀。

入口のゲートには、小沢代表のポスタ。

入口附近。

■カテゴリ 八戸 劇場