五所川原(錦町赤線跡地)大正11年に開町

今回は、五所川原(青森県五所川原市)の町並みと風俗を散歩します。
大正10年、岩木川の改修が進められ、それまで流域内に居を構えていた船渡、人夫、土工などが移転を迫られ、錦町の毛内林に移転し、農村相手の小料理屋の商売に移っていきました。「初音」「あけぼの」がそれで、のちに赤線へと変わっていきました。*1

このとき、対岸の柏村鷺坂の遊廓も数軒移転し、しかも近くに一流の料亭街・柏原を控えていたことが、錦町が色街として名をなす契機になりました。「宝亭」「北盛館」「寿」「千代屋」「初音」「あけぼの」「金盛」など十軒近くあり、なかでも「万寿幸」は終戦まで栄えました。終戦の翌21年には大火で錦町全域が消失、廓も灰ジンに帰し、昭和34年4月の赤線廃止がとどめを刺しました。*2*3
昭和6年の市街図*4 には、竜泉寺へ向かう道路脇に、「たから亭」「北盛館」「ことぶき」「千代家」の名が記されています。
写真のあたりには、赤線から転業したと思われる「万寿幸旅館」がありました。*5

赤線から転業したと思われる「初音旅館」があったあたり。*5

裏通り。「初音旅館」の裏側あたり。

【参考文献】
*1 兵庫昭一郎:五所川原三百年史 経済編(青森民友新聞社,1966)P.185
*2 陸奥新報(1975.2.20)津軽の町内今昔記24
*3 東奥日報(1977.2.16)津軽の町内めぐり40
*4 東京交通社:大日本職業別明細図 青森県(東京交通社,1931)
*5 東交出版社:最新版住宅明細図 五所川原市 木造町 板柳町 鶴田町 金木町 柏村(1969)P.13