大湊(山港楼橋)映画「飢餓海峡」ゆかりの地

明治35年、海軍基地の設置が決まると、遊廓設置の動きが活発化し、最終的には、明治38年に現在の大湊新町に小松野遊廓が開かれ、昭和33年の売春防止法が施行されるまで続きました。*1
映画「飢餓海峡」の中で、八重と犬養の二人が一夜を共にした小松野川沿いに並んでいた娼館の建物はすでになく、現在は、きれいな住宅が続いています。*2

唯一、「山港楼橋」という橋の名前に、わずかに歓楽街の名残を見つけることができます。*2*3

昭和9年の統計*4 によると、大湊には、山港楼、新盛楼、竹家楼の3軒の遊廓がありました。
山港楼は、この辺りでは一番大きな遊廓でしたが、いまは人手に渡って更地になっています。*3

山港楼の跡地の北側からの遠望。眼下に陸奥湾(写真左奥)が見渡せます。

【参考文献】
*1 むつ市史編さん委員会:むつ市史 近代編 明治・大正時代(むつ市,1986)P.583-P.585
*2 紀平重成:毎日新聞(1992.11.1 日曜くらぶ )P.1,P.4-P.5 「名作映画を歩く 飢餓海峡」
*3 斎藤作治,鳴海健太郎:はまなす 第25号(2009.11)P.13-P.21「映画『飢餓海峡』ゆかりの地を訪ねて」
*4 中村元吉:警察史余話第一集 売春三百年史(中村元吉,1959)P.89「昭和九年公娼廃止時の諸統計」