小姓町(生活衛生会館)元娼妓診療所

小姓町の石畳のメインストリートの突き当たりに、駆楳院と呼ばれていた遊廓の女性たちの性病検査をしていた病院の建物が残されています。駆楳院は、明治30年に建築されましたが、昭和21年に遊廓の歴史にピリオドが打たれ、娼妓診療所の役割を終えた後は、昭和30年前後から山形県立職業訓練校の女子寮「白菊寮」に転用されました。職業訓練校が廃止となった昭和55年以降は、山形県生活衛生会館として、山形県の社交業の5組合の事務所となっています。*1

入口の前には、井戸がありました*1 が、今ではスファルトの駐車場で覆われています。懐かしい木造校舎のような匂いがあります。

窓の装飾。

後ろから見ると立派な建物であったことが解ります。

【参考文献】
*1 千葉由香:別冊東北学(2003.7)「小田原遊廓物語 常盤町に封印された女たちの記憶(6)P.430-P.443

992ref

小姓町(小姓町遊廓跡)現在の石畳の道の両側には妓楼が建ち並んでいました。

今回は、小姓町(山形県山形市)の町並みと風俗を散歩します。小姓町(こしょうまち)には、かつて遊廓がありました。現在は、旅館や料理店もあり、かつての賑わいを想像させます。

石畳で整備された道路が旧遊廓のメインストリートです。道路の脇に案内板があり、かつての遊廓の様子や歴史が記されています。

案内板によると、この道の両側には十数軒の妓楼が建ち並んでいました。小姓町の遊廓は、明治時代に貸座敷の許可を得、花街時代まで約70年間繁栄したそうです。

美しい町並みです。

990ref