大洗(祝町遊廓跡地)妓楼の「鹿島屋」跡地

かつて祝町遊廓があった場所は、現在は住宅地となっていて当時の面影は残っていません。

祝町小学校(写真奥)の北側の十字路。この付近には、昭和3年頃に廃業した大和楼がありました。*1

元住吉楼(現在は空き地)と祝楼(写真奥の道路の向こう側)があったあたり。*1

力士の「鹿ヶ島」が創業した妓楼の「鹿島屋」は、現在の「シーサイドミニー」付近にありました。写真奥に見えるのは海門橋(かいもんばし)。

【参考文献】
*1 山形雄三:祝町昔がたり(山形雄三,1981)P.66-P.67

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大洗(竹楽房翁銅像)磯節に唱われた祝町遊廓

祝町にある願入寺。

願入寺の入口に、「竹楽房翁銅像入口」と書かれた石柱があります。

明治時代、祝町遊廓の引手茶屋の主人だった渡辺精作は「竹楽房」と称し、磯節の作者として知られています。竹楽房は、遊女たちに文芸の趣味を与え、都々逸を作らせたりしました。*1

「磯で曲松、湊で女松、中の祝町、男まつ」と祝町遊廓は、磯節に唱われました。*2

【参考文献】
*1 山形雄三:祝町昔がたり(山形雄三,1981)P.74
*2 伊藤純郎:三浜漁民生活誌(崙書房,1990)P.51

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