館林(旧花街の寿司店)明治時代初期の創業

旧花街の肴町の南側に「昭和初期の肴町にあった商店」*1 にも掲載されている寿司店があります。

地元の方の話によると、明治時代の創業だそうです。

歴史を感じさせる店内。

並寿司とビールを注文。

【参考文献】
*1 館林市史編さん委員会:館林の民俗世界(館林市,2012)p.60-p.69 「昭和初期の肴町にあった商店」

館林(肴町花街)かつて、置屋やカフェーが建ち並んでいた通り。

旧二業見番の建物が残る通りは、かつては、肴町と呼ばれ、置屋やカフェーが建ち並ぶ通りでした。

現在、花街の面影は残っていません。

清龍神社の隣には、カフェーが2軒ありました。1

県道57号線(写真手前、左右)が建設される前は、この付近までが肴町でした。
1

【参考文献】
*1 館林市史編さん委員会:館林の民俗世界(館林市,2012)p.60-p.69 「昭和初期の肴町にあった商店」

館林(二業見番)純日本式建築

館林の見番は、明治42年、堅町(たつまち)に設置され、その後、大正7年に谷越町の青梅天神裏に新築移転しました。さらに、昭和13年、館林町字肴町(現在の本町二丁目)に新事務所が建設され、見番が移転しました。*1

旧二業見番事務所。

平成28年、国指定登録有形文化財に指定されました。

木造瓦葺二階建ての純日本式建築です。

【参考文献】
*1 館林市史編さん委員会:館林の民俗世界(館林市,2012)p.60-p.69

館林(旧割烹旅館「福志満」)本町二丁目

今回は、館林(群馬県館林市)の町並みを散歩します。
館林の花街の歴史は、明治初期に邑楽織物同業組合が出来た頃、料理・旅籠屋が開店したことに始まり、明治二十年頃には、料理屋に「内芸者」として数名の芸者が置かれました。さらに、明治四十年代の織物市場が開設、東武鉄道の開通や上毛モスリン・日清製粉の躍進、機業界の発展が花街の興隆へとつながりました。* 1

落ち着いた佇まいの旧割烹旅館「福志満」。

昭和7年建築。* 1

木造三階建てです。

【参考文献】
*1 館林市史編さん委員会:館林の民俗世界(館林市,2012)p.60-p.69