木更津(芸寮組合)かつて二業組合があった場所です。

昭和4年刊行の「全国花街めぐり」*1 によると、木更津には、芸者屋が27軒、芸者が96人いました。
「大木更津全図」*2 には、二業組合の場所が記されていますが、同じ場所に、現在は、「木更津芸寮組合」の建物があります。

現在は、芸者さんの練習場として使用されているそうです。

「芸寮組合」の建物の脇には、風情のある路地が残っています。

「芸寮組合」の近くにある料理屋の「宝家」。芸者さんを呼ぶことができる料理屋です。

【参考文献】
*1 松川二郎:全国花街めぐり(誠文堂,1929)P.182-.284
*2 石川空山,石崎白水:大木更津(木更津日報社,1939)付録「大木更津全図」

木更津(木更津港周辺)木更津甚句は花街でさかんに歌われました。

今回は、木更津(千葉県木更津市)の町並みと風俗を散歩します。
木更津は、江戸の台所をまかなう物資の集積地として、また、江戸の文化や風俗が流入する房総の表玄関として、栄えてきました。近年は、東京湾横断道路(アクアライン)の玄関口として注目されています。
木更津港に木更津船の碑があります。江戸時代に木更津と江戸の間を往復した木更津船は、幕府から特別な扱いを受けていました。

鳥居崎海浜公園には、木更津甚句記念碑があります。

木更津甚句は、一時、江戸界隈で大流行し、花街でさかんに歌われました。

中の島大橋から見た木更津港。