玉の井(水戸街道近く)森永の牛乳箱

戦前の玉の井があった路地を歩いていくと、やがて水戸街道が見えてきます。

目立たない場所ですが、牛乳箱がありました。

建物のくぼみの部分にしっかりと取り付けられています。

雨風をしのげる場所であったためか、保存状態は良好です。

牛乳箱 玉の井
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玉の井(啓運閣願満稲荷)スーパーの奥にあります

いろは通りに面したスーパ-マーケット。多くの買い物客で賑わっています。
昭和30年代までは、この場所に「玉の井文映」という映画館がありました。現在のスーパーはその建物を利用しています。*1

スーパーの奥に、稲荷神社があります。

病死した玉の井の娼婦や水子の供養をする稲荷神社です。*1

永井荷風の記念碑があり、荷風が描いた地図が掲示されています。

【参考文献】
*1 小針美男,川本三郎:追憶の東京(河出書房新社,2006)P.10

信仰・寄進 玉の井
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玉の井(戦前の玉の井)永井荷風の「墨東綺譚」の舞台となりました。

戦後の玉の井は、いろは通りの北側にありましたが、永井荷風の「墨東綺譚」の舞台となった戦前の玉の井は、いろは通りの南側にありました。
戦前の玉の井は、改正道路(現在の水戸街道)を挟んだ両側にありました。*1

現在の水戸街道から東向島駅への道。戦前は、この細い道に「玉の井駅近道」の看板がありました。*1

「墨東綺譚」で主人公の老作家がお雪さんと出会った場所。*2

「墨東綺譚」に出てくる銭湯の中島湯。現在はマンションになっています。*1

【参考文献】
*1 文芸散策の会:永井荷風の愛した東京下町(日本交通公社出版事業局,1996)P.115-P.117
*2 川本三郎,湯川節子:図説永井荷風(河出書房新社,2005)「墨東綺譚」文学散歩の玉の井概要図

玉の井 赤線·私娼跡
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玉の井(窓枠に装飾のある建物)隣は空き地になっていました。

メインの通りから路地を入ったところ。前回の散歩のときにあったカラフルな円柱を持つ赤い壁の建物*1 は無くなっていました。

建物が無くなったおかげで、対面にあった装飾された窓枠を持つお宅*2 の概観が見渡せるようになりました。

窓枠には、こんな装飾がほどこされています。

建物の側面から空き地の方向を見たところ。

【参考記事】
*1 風俗散歩(玉の井):赤い壁の建物(2006.3)
【参考文献】
*2 木村聡:赤線跡を歩く(筑摩書房,2002)P.76

玉の井 玉の井赤線 赤線·私娼跡
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玉の井(目抜き通りに面したお宅)赤と緑の木造住宅

今回は、玉の井(東京都墨田区)の町並みと風俗を散歩します。
玉の井の目抜き通り。前回、散歩した古いスナックが建ち並ぶ一画*1。

2階にバルコニーがあります。

赤と緑に統一された木造住宅です。

建物の角の部分の柱が赤で強調されています。

【参考文献】
*1 風俗散歩(玉の井):色街だった頃のメインストリート

玉の井 花街·花街跡
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玉の井~東向島(東向島の路地)懐かしい牛乳箱

白鬚神社近くの路地。

懐かしい牛乳箱(森永牛乳)があります。保存状態も良い方だと思います。

文字は、オレンジ色と黒色の2色。背景の黄色と合わせると、3色刷りです。
「ウルトラ・プロセス」というのは、当時、森永乳業(株)が開発した加熱殺菌の技術の名称です。

木のぬくもりが感じられます。オーソドックスな形が気に入りました。

牛乳箱 玉の井
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玉の井~東向島(白鬚神社)古い神社です。

玉の井から、いったん東向島の駅へ戻り、そこから隅田川方面へ向かって散歩してみることにしました。東向島三丁目に白鬚神社があります。

漢字は、「白髭」ではなく「白鬚」のようです。大辞林には、『「髭」はくちひげ、「鬚」はあごひげ、「髯」はほおひげ、の意で書き分ける』と載っています。

案内板を見ると古い神社であることがわかります。平安時代に、現在の滋賀県にあった白鬚大明神を分霊して祀ったのが起源ですので、なんと千年以上の歴史があることになります。

神社の狛犬は、山谷の料亭「八百善」の八百屋善四郎、吉原の松葉屋半左衛門が奉納したものだそうです。

信仰・寄進 玉の井
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玉の井~東向島(赤い壁の建物)路地を抜けるといろは通りに出ます。

玉の井のメインの通りから路地にはいると、「赤線跡を歩く」*1 に掲載されている赤い壁の建物があります。

派手な色の円柱。上部は茶色。中央部分は緑色です。

円柱の下部は、青と白で塗装されています。

路地を抜けるといろは通りに出ます。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く(筑摩書房,2002)P.78

玉の井 玉の井赤線 赤線·私娼跡
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玉の井~東向島(いろは通りの路地裏)当時のままの原型を留める建物

いろは通りの路地裏には、昔の面影を残す建物がいくつかあります。
散歩の雑誌等でおなじみのお宅。

当時のままの原型を留めており、迫力があります。

左側から見たところ。2階のバルコニーに特徴があります。

右側を見たところ。

玉の井 赤線·私娼跡
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玉の井~東向島(色街だった頃のメインストリート)車ぬけられません

玉の井が色街だった頃のメインストリートであったと思われる通り。

現在はスナック街になっています。

一階がスナック、二階にバルコニーがある家が並んでいます。

スナックの入口付近。当時の玉の井には、「抜けられます。」と書かれた看板があったそうですが、現在は、「車ぬけられません」と書かれた標識があります。

玉の井 赤線·私娼跡
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玉の井~東向島(いろは通り)赤線時代の名前を残す通り。

今回は、玉の井の風俗と町並みを散歩します。
東武伊勢崎線東向島駅で下車し、北へ3分ほど歩くと、いろは通りの入口のアーケードがあります。

「玉の井いろは通り」と書かれています。赤線時代の玉の井という地名が残されています。

いろは通りの商店街。魚屋、八百屋、豆腐屋、惣菜屋などの個人商店がたくさん店をつらねています。

最近見かけなくなったゼブラ板(丸型)付きの信号機があります。縦に取り付けられているのは珍しいと思います。