洲崎(洲崎球場跡)遊廓のそばにあった野球場

東陽町の運転免許センター前の通り。

現在は、企業のビルが建ち並ぶ場所ですが、2005年、ここに洲崎球場跡の碑ができました。

プロ野球草創期に、1年間で100試合近くの公式戦が行われた有名な球場ですが、埋立地につくられたため、海水が満ちてきて試合が中止になったなど、強烈なエピソードを持っています。*1

球場のすぐそばには洲崎遊廓がありました。堅物というイメージの強い巨人軍の沢村栄投手もたまに試合後に通っていたそうです。*1

*1 佐野正幸:あの頃こんな球場があった(草思社,2006)P.193-P.199

洲崎(遊廓跡地)多くの建物が姿を消しました。

数年間のうちに、赤線跡の建物の多くが姿を消しました。

ここには、アパートとして使われていた青いタイルの建物がありましたが、新しい建物に建て替えられました。

洲崎の赤線跡を代表する旧「大賀」の建物も無くなり、現在は更地になっています。

ラーメン屋「来々軒」は、とんかつ屋に変わっています。唯一、背後に見える八百屋の建物は以前のままです。