品川(天神湯)赤レンガが残る銭湯です。

北品川2丁目の商店街に天神湯という銭湯があります。品川には、お寺などに、赤レンガの塀が多く残っていますが、銭湯にも赤レンガの塀が残っています。

正面の入口。玄関の格子模様がいい感じです。

ここの銭湯は、手ぶらで入浴できるので、散歩に最適です。入浴セットは、タオルと石鹸、シャンプーがセットになって100円です。

中には、小さな庭があって、鯉が泳いでいました。木製の長いすや、木製の床などが光輝くほどきれいに磨かれています。昭和レトロのお手本のような銭湯です。


■カテゴリ 銭湯 品川
■散歩事典 品川

品川(海蔵寺)投込寺と呼ばれています。

品川には、たくさんの寺がありますが、その中で、投込寺と呼ばれている寺が海蔵寺です。たたずまいは、静かで清楚な寺です。

かって、品川遊郭があった時代、この遊郭で死んだ遊女がこの寺に投込まれました。他に、寺には、品川京浜電鉄轢死者の碑や関東大震災横死者の碑などがあります。

たくさんの石仏や墓石を一つにまとめた供養塔があり、「無縁首塚」と名前がついています。

この供養等の墓誌には、次のように書かれています。
(1)鈴ヶ森刑場で処刑された罪人の首を埋葬
(2)品川遊郭の遊女の霊
(3)品川京浜電鉄轢(れき)死者の霊
(4)品川海岸溺死者の霊
(5)品川行路病横死者の霊
(6)関東大震災横死者の霊
いろいろな、無縁仏を一つにまとめたもののようです。


■カテゴリ 墓・供養塔 品川
■散歩事典 品川

品川(北品川公園近く)手押しポンプが残っています。

北品川公園周辺は、小泉長屋と言われる町並みが残っている場所ですが、ここには、公園の周囲だけでも4基の手押しポンプが残されています。

北品川公園裏にある手押しポンプ。このように道のど真ん中にあるのが特徴です。但し、このポンプは水ににごりがあり、使用禁止となっています。

北品川公園の入口付近の角地にある手押しポンプ。路地の風景とよく調和しています。北品川公園周辺には、もう1基、公園を回り込んだ路地に、手押しポンプがあります。

北品川1丁目のビジネスホテル清美荘近くの路地にある手押しポンプ。この他にも品川2丁目26の花屋の脇の路地を下った所にも1基ありました。


■カテゴリ 井戸 品川
■散歩事典 品川

品川(牛乳箱)古い町並みに牛乳箱が残っています。

天王洲運河の隣に、しながわ百景の一つに選ばれている「北品川の古い民家の家並み」があります。

民家は数棟が固まって残っていますが、そのうちの1軒の玄関脇に牛乳箱が残っていました。

明治牛乳の牛乳箱には、縦書きと横書きがありますが、こちらのは、縦書きです。

側面がガムテープで補強されています。せっかくの牛乳箱ですから、もう少し見た目のことを考えて欲しいなとも思いますが、これも味わいの一つでしょうか。


■カテゴリ 牛乳箱 品川
■散歩事典 品川

品川(天王洲運河)昔は海でした。

ビジネスホテル清美荘」のある路地をそのまま進むと、天王洲運河にでます。昔はここが海岸線でした。今でも海岸線の名残が感じられます。

この日はボラがたくさん泳いでいました。

運河の北側は、品川駅方面です。こちら側にも屋形舟がたくさん停泊しています。運河の向こうには、古い民家が数棟残っていますが、その向こうには、駅前の再開発によってできた高層ビル群が景観を圧倒しています。
写真左側には、都営北品川アパートが見えます。

都営北品川アパートから見た天王洲運河と屋形舟。手前には、「古い民家の家並み」が見えます。


■カテゴリ 街道·街路の町 品川
■散歩事典 品川

品川(ビジネスホテル)ポツンと1軒あります。

旧街道の両側には、横丁が何本もあります。そのうちの1本の路地を下ると、「赤線跡を歩く」*1 に掲載されているビジネスホテルがポツンと1軒あります。
街道と交差する東側の横丁は、このようにすべて海側に向かって下っています。つまり、品川宿の街道は、斜面を通っているということになります。(写真の奥が街道側です。)

看板には、「ビジネスホテル」と書いてありますが、旅館の風情です。

裏手から見たところ。

旧街道沿いにも同じ名前のビジネスホテルがありました。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く(筑摩書房,2002)P.37


■カテゴリ 旅館 品川
■散歩事典 品川

品川(品川遊廓跡)明治時代の貸座敷跡地

明治時代、品川宿には、貸座敷が何軒も並んでいました。その中で、品川一の貸座敷と言われたのが島崎楼です。現在、跡地にはビルが建っています。*1

幕末に活躍した高杉晋作ら長州藩尊譲派が集合場所とした、歩行新宿の相模屋、通称「土蔵相模」は、品川宿有数の旅籠屋でした。明治以後は、貸座敷「相模楼」となり、戦後は、さがみホテルと名を変えました。1982年に取り壊され、現在は、コンビニのファミリーマートが入るビルとなっています。*2

コンビニの前に案内板があります。「土蔵のような海鼠壁だったので、土蔵相模と呼ばれていた。」と書かれています。

歩行新宿(北品川1丁目)。風情のある商店街です。
赤線跡を歩く*3 では、この写真の右側のコンビニが土蔵相模跡地と紹介されています。

【参考文献】
*1 秋谷勝三:品川宿遊里三代(1983,青蛙房)P.105-P.107
*2 品川区教育委員会:東海道・品川宿を駆け抜けた幕末維新(品川区立品川歴史館,1999)P.35
*3 木村聡:赤線跡を歩く(筑摩書房,2002)P.38

品川(京急北品川駅周辺)開発が進む都市です。

今回は、品川の町並みと風俗を散歩します。
都営北品川アパートから見ると、品川駅方面は、近年出現した高層ビル群に視界をさえぎられていますが(写真右側)、京浜急行が品川駅から北品川駅へ向かって、鉄橋を通り、ゆっくりと蛇行しながら走る様は、風情があります。

品川宿(旧東海道)があったあたりは、ビルが立ち並んでいて、ここから見る限りは、宿場町の風情はありません。

踏み切りのある場所が、品川宿(旧東海道)の入口です。品川宿は、3つの部分からなっていました。北から(この写真の撮影場所から)、
①歩行(かち)新宿(現在の北品川1丁目)
②北品川宿(現在の北品川2丁目)
③南品川宿(南品川1~3丁目)
品川宿は、江戸時代に出来ましたが、②北品川宿と③南品川宿が初めに出来て、後から①歩行新宿が作られました。①歩行新宿は、本宿(②)の手前に出来た新興の盛り場で、江戸に近かったため、最も賑わいました。*1

京浜急行の北品川駅。歩行新宿への最寄駅です。品川女子学院の生徒たちが、ホームにあふれていました。

【参考文献】
*1 海野弘:ユリイカ(1994.7)P.8「品川宿繁昌記」


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