中野(正見寺)笠森お仙の墓

JR東中野駅近くにある正見寺

正見寺の墓地に、笠森お仙の墓があります。
笠森お仙は、江戸時代、谷中の笠森稲荷の門前の水茶屋「鍵屋」で働いていた看板娘で、絶世の美人でした。*1

お仙は、幕府の御休息御庭者支配の倉地正之助の妻となったので、現在の倉地家の墓地にお仙の墓があります。

墓碑に倉地家のことが書かれています。

【参考文献】
*1 佐藤要人:江戸水茶屋風俗考(三樹書房,1993)P.160-P.172

中野(新井薬師の花街)門前に栄えた新井三業地跡

新井薬師の門前には、江戸時代から参拝客相手の料理屋が軒を連ねていましたが、関東大震災以前から料理屋と芸妓屋が盛んになり、大正14年に新井三業組合が創立されました。現在の柳通りの商店街の東側(写真の左側)が料亭街で、昭和初期に全盛期を迎えました。*1

現在、花街らしい雰囲気はほとんど残っていません。

芸妓置屋街は、柳通りの西側にありました。三業組合事務所(見番)は、現在の防災広場(写真奥)のあたりにありました。*1

住宅地図に記載されている旅館「おくみ」(現在はありません)は、料亭の名残かもしれません。

【参考文献】
*1 上村敏彦:東京花街・粋な街(街と暮らし社,2008)P.187-P.188

中野(四十五番街)再開発前の解体された小路

中野駅の北側。早稲田通り手前に「四十五番街」という飲食街があります。この飲食街の成立は昭和20年代末で、通りに屋台やバラック店舗が並んでいた時代でした。*1
現在、小路の大半は解体され、再開発を待つ状態です。

写真右奥は、中野ブロードウェイマンションです。

朽ちかけた店舗の建物が残っています。

北側の通り。

【参考文献】
*1 藤木TDC、イシワタフミアキ:昭和幻景(ミリオン出版,2009)P.48-P.49

中野(商店街の客引き禁止看板)看板が集中する一画

今回は、中野(東京都中野区)の町並みと風俗を散歩します。
中野新仲見世商店街に、客引き禁止看板が集中して設置されている一画があります。

通りのあちこちに看板が設置されています。看板の下部には、「新仲見世商店会」と書かれています。

狸小路と呼ばれている飲み屋街。看板の下部には、「狸小路商店会」と書かれています。

こちらは、別のデザインの看板。消火器ボックスに隠れて見えづらくなっています。