曙町(伊勢佐木町ブルースの歌碑)ボタンを押すとため息が聞けます。

伊勢佐木町に、青江三奈さんが歌った伊勢佐木町ブルースの歌碑があります。
青江三奈さんは、横浜の「ナイトアンドデイ」というナイトクラブの歌手でした。*1

伊勢佐木町ブルースのおかげで、伊勢佐木町の名は全国に知れわたることになりました。

伊勢佐木町ブルースを歌った青江三奈さんは、当時、森進一さんと並んで、「ため息路線」として大きく売り出されました。*2
歌碑の楽譜には、冒頭の「あ~、あ~」の部分には、「ため息」と記されています。

歌碑の台座のボタンを押すと、内蔵されているスピーカーから、青江三奈さんが歌う伊勢佐木町ブルースが再生されます。
「タラッタタッタララッタタン、あ~、あ~」。通行人にジロジロ睨まれます。「ドゥドゥビドゥビドゥビドゥビドゥバ」。一度再生が始まると途中で止められません。*1

【参考文献】
*1 松葉好市,小田豊二:横浜物語(集英社,2003)P.259-P.260
*2 鈴木則文:日本の映画とロックと歌謡曲(2007)

曙町(第一京浜裏手の路地)半年前まであった建物が無くなっていました。

第一京浜裏手の路地には、赤線時代の建物がごっそり残る一画があります。

今回散歩したところ、半年程前まであった古いお宅と元旅館の建物*1 が無くなっていました。中央部の一画がぽっかりと空き地になっています。

路地の北側には、円柱を持つお宅が健在です。

道を挟んだ向かい側の建物が無くなり更地になったため、建物の全貌を見れるようになりました。

【参考記事】
*1 風俗散歩(曙町):第一京浜裏手の路地(2006)

曙町(中華一番)名物のサンマー麺を味わいました。

今回は、曙町(神奈川県横浜市)の町並みと風俗を散歩します。
赤線跡研究家の木村聡さんは、年に何回か横浜に行くことがあり、「夕方からは、だいたい曙町の『一番』という国道16号線に面した中華料理屋に入り、食事をしながらビール。これが一応のコースとなっている。」と述べています。*1

364日24時間営業です。

窓からは、ヘルス店が見えます。

「一番セット」を注文。この店の名物であるサンマー麺(ミニ)と、ニラレバ炒め、シュウマイ、温泉卵、おしんこ、デザートのセットです。これだけのボリュームで800円です。
ビールは割安感のある大瓶の瓶ビールを注文。

【参考文献】
*1 木村聡:消えた赤線放浪記(ミリオン出版,2005)P.132-P.133

立石(カフェー街跡)パチンコ屋の前の通りです。

立石のカフェー街は、京成立石駅前の踏み切りを渡った商店街の左手のあたりにありました。*1

パチンコ屋のある通りから右側に入った路地に料理屋だったと思われる建物があります。

路地の曲がり角のあたり。

建物の右手には、狭い路地が続いています。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く(筑摩書房,2002)P.62

曙町(親不孝通り)昔の雰囲気の残る路地

伊勢佐木通りの隣にある親不孝通りは、昔は青線街でした。現在はヘルス街となっていますが、その中に古いアパートが残っています。隣のピンク色の建物は、パチンコ店です。

タイル貼りのデザインが際だっています。

アパート脇にある木製の門。

なぜか刺青の貼り紙。

横浜曙町(親不知通り)丸い円柱のある和風スナック

親不知通りは、現在ではヘルス等の風俗街となっていますが、かつては遊郭(青線)であったところです。

1軒だけ、当時の雰囲気を留める建物があります。現在はスナックになっています。

緑色の円柱が鮮やかです。壁に装飾があり、いい雰囲気です。

スナックの横は路地になっています。

横浜曙町(弥生3丁目)路地裏にごっそり残る赤線跡

横浜橋近くの弥生3丁目の路地に特殊飲食街の雰囲気がそのまま残っています。

それらしき建物は3軒ぐらいしか残っていませんが、路地の雰囲気がいいです。

写真左手のフェンスで囲まれた場所には、「消えた赤線放浪記」の巻頭カラー写真として掲載されている古い建物がありました。

隣のねずみ色の建物のバルコニーは圧巻です。

横浜曙町(横浜日劇)閉館しました。

今回は、横浜曙町の町並みと風俗を散歩します。黄金町からすぐのところに、映画館の日劇があります。昭和30年代から半世紀にわたって親しまれてきた映画館です。

残念ながら、2005年2月に閉館となりました。古い映画や人気のない映画を低価格で2本見れるというコンセプトだったようです。伊勢佐木町周辺の映画館は閉館が相次ぎ、全滅状態です。

シネマスコープの文字が見えます。

隣のシネマジャック&シネマベティ(旧東映名画座)も閉館と聞いていましたが、こちらは営業しているようです。「ゴシック・ロリータ」上映してました。