天王町(横浜洪福寺松原商店街)朝獲れの鯖

天王町駅前から旧東海道を北へ進み、国道16号を渡ると横浜洪福寺松原商店街の入口です。

商店街は、歩行者天国になっています。

生鮮品のマーケットが建ち並びます。

朝獲れの鮮魚。

【参考URL】*1 横浜洪福寺松原商店街:公式

天王町(新天地カフエー街跡)稲荷神社近く

稲荷神社*1 の脇の路地にはカフエーが密集していました。左側に「ユカイ」「さつき」「はとば」「三笠」、右側に「ちどり本店」「高砂」「ラッキー」がありました。

現在の岩本ビルの場所には、「岩ふじ」その奥に「いろは」がありました。

北西側の一画。左側に、「第二ちどり」「三好」」「紅梅」、右側に、「岩松」がありました。

「カフエーラッキー」があったあたり。

 

【参考文献】
*1 風俗散歩(天王町):稲荷神社(2005.11)

天王町(新天地カフエー街跡)電柱に名残

今回は、天王町(神奈川県横浜市保土ケ谷区)の町並みと風俗を散歩します。 かつての新天地カフエー*1 の西側。

カフエー時代の名残と思われる「新天地」と書かれた電柱番号札があります。

昭和31年の住宅地図*2 によると、この道路の左側に「カフエーささもと」「カフエー㐂久芳」、右側に、「カフエーちどり本店」「カフエーユカイ」がありました。

「チドリ荘」の電柱番号札。電柱番号札の名称に店の屋号が使われるのは珍しいケースです。

 

【参考記事】

*1 風俗散歩(天王町):カフエー街跡(2005.11)
【参考文献】
*2 経済地図社:保土ヶ谷区明細地図(経済地図社,1956)P.64

天王町(カフエー街跡)橋の麓にあったカフェー街

 保土ケ谷区のカフェーとしては、浅間町の「新天地」と和田町の「楽天地」がありました。*1
 売春防止法施行前の1956年の住宅地図*2 を見ると、尾張屋橋の麓の稲荷神社の周辺に約20軒のカフェーが密集していて、「新天地カフェー街」の記述(P.72)があります。売春防止法施行後の1958年の住宅地図*3 では、これらのカフェーは、旅館やバーに転業しています。
 稲荷神社のある通りの一本北側の通りに、カフェー当時の面影を残す旅荘の建物があります。

庇の部分は、タイルで装飾されています。

反対側(尾張屋橋側)から。

 

【参考文献】
*1 青木正晴:和田町思考(青木正晴,1971)P.42
*2 経済地図社:保土ヶ谷区明細地図(経済地図社,1956)P.64,P.72
*3 経済地図社:保土ヶ谷区明細地図(経済地図社,1958)P.64

天王町(帷子川)尾張屋橋付近

 今回は、天王町(神奈川県横浜市保土ケ谷区)の町並みと風俗を散歩します。
 浅間町に流れる帷子(かたびら)川。川にかかる尾張屋橋が見えます。

尾張屋橋の上り口のあたり。

尾張屋橋から横浜方面をみたところ。この川をずっと行けば横浜市内です。

尾張屋橋から見た住宅街。