八木山(「重家」跡)昭和10年代から続く割烹

「八木山の滝」の入口の右側のもう1軒、料理旅館の重厚な建物が残っています。

昭和10年代から続く割烹の「重家」。*1

売春防止法実施後は、「池田家」「吾妻家」「重家」の3軒が老舗として八木山の伝統を守り、営業を続けていました。*1

「八木山の滝」からの遠望。

【参考文献】
*1 八木山郷土史編集委員会:八木山郷土史(八木山郷土史編集委員会,1993))P.119-P.125

八木山(吾妻屋)かつての料理旅館

「八木山の滝」の入口の両側に、かつての料理旅館の建物が残っています。*1
八木山の花街は、明治の初期、「八木山の滝」の水を用いて温浴旅館を開業し、大正3の頃、二業組合が設置されたのが始まりでした。昭和の頃は全盛となり「八木山遊郭」と呼ばれるようになりました。*2

大正14年から続く割烹の「吾妻屋」。*2

建物の側面。写真右側は「八木山の滝」です。

趣のある入口。

【参考文献】
*1 加藤政洋:現代風俗2002 20世紀の遺跡,「消えゆく花街の景観、廓建築の痕跡」P.44-P.45
*2 八木山郷土史編集委員会:八木山郷土史(八木山郷土史編集委員会,1993)P.119-P.125

八木山(八木山の滝)花街としての役割

今回は、八木山(富山県富山市八木山)の町並みと風俗を散歩します。
八木山(やきやま)は、高山本線笹津駅から越中東街道(国道41号線)を2kmほど北上したとこにあります。
「八木山の滝」と呼ばれる公園があり、昭和戦前期には、県下を代表する理想的な避暑地として三本の指に入るほど有名なところでした。*1

「八木山の滝」は、明治初期に開発された人造の「瀧」を中心とする公園で、大正期に料理屋を兼ねた旅館の組合が組織され、花街の役割を果たしていました。*1

八木山の瀧の由来の案内板。

案内板がある場所の上部に、落差の大きな人造の滝があります。

【参考文献】
*1 加藤政洋:現代風俗2002 20世紀の遺跡,「消えゆく花街の景観、廓建築の痕跡」P.44-P.45