魚津(旭新地跡)正方形の街路

大正3年、それまで鴨川町などにあった遊廓をに移転して旭新地ができました。眺望絶佳の地に貸座敷が17軒の他、料理屋がありました。*1

旭新地があった場所は、日本カーバイド工業の敷地隣接した海岸の近くのひらかれた街路の形の場所です。*2
昭和30年の魚津市街の地図*3 には、「新地」と表示された正方形の街路の一画があります。

かつての妓楼を思わせる住宅が道路の左右に並んでいます。

「新地」と書かれた電柱のプレート。

【参考文献】
*1 松川二郎:全国花街めぐり(誠文堂,1929)P.409-P.410
*2 木村聡:赤線跡を歩く2(自由国民社,2002)P.123-P.124
*3 魚津市(魚津市,1955)

魚津(電鉄魚津駅前の飲食店)かつての花街

電鉄魚津駅前の現在の新宿と呼ばれている界隈は、魚津の中心的な商店街です。

駅前の路地に、飲み屋横丁には、昭和の雰囲気が残っています。

写真の奥に見えるのは、富山地方鉄道の高架です。

全国花街めぐり*1 によると、魚津の花街は、旧町名で、田方、東小路、本江町にまたがった区域にありました。このうちの田方は現在の新宿のあたりでした。

魚津(鴨川町)かつての遊廓街

魚津市内を流れる鴨川の周辺には飲食店が建ち並んでいます。

「全国花街めぐり」*1 に「五六十年前大町の船着場(港)から轉じて馬場、鴨川の両町に一廓をなす...」という記述がある通り、現在の鴨川町あたりは遊廓街でした。
鴨川沿いに設置されている案内板によると、京都の遊廓街のほとりに流れる鴨川からのその名をとって鴨川と称し、その遊廓街を(京都のそれにちなんで)撞木町と称していました。

鴨川沿いには、現在もスナックが建ち並んでいます。

鴨川町の遊廓は、大正3年に旭新地へ移転しました。*1

【参考文献】
*1 松川二郎:全国花街めぐり(誠文堂,1929)P.409-P.410

魚津(白ポスト)駅構内に設置されています。

今回は、魚津(富山県魚津市)の町並みと風俗を散歩します。
JR魚津駅構内に白ポストが設置されています。

駅前に設置されることが多い白ポストですが、魚津駅の場合は、駅構内に設置されています。

箱には、富山県の花「チューリップ」がデザインされています。

箱の上部に、「有害図書はここに入れて」と書かれた矢印がデザインされています。