芦原温泉(芦原ミュージック劇場)昭和31年開業

芦原温泉の裏通り。芦原ミュージック劇場があります。
芦原温泉に「ストリップ劇場」が登場した歴史は、比較的新しく、昭和31年からでした。芦原大火(昭和31年4月)後、まだ旅館もようやく復興のきざしを見せ始めた頃、焼け跡の一角にいち早くストリップ小屋を建てたのが、芦原温泉の興行師の三沢正雄さん。「芦原観光スタジオ」(現在の芦原ミュージック劇場)というこじんまりした小屋でした。昭和33年~34年にかけて同町にもう一軒「湯の街スタジオ」、温泉二丁目の旅館「仁泉」のそばに「芦原スタジオ」と計3軒が誕生。売春防止法が施行されて間もなくのことで温泉客も遊び場を求め、この3軒を”はしご”する客も多くいました。*1

夜の様子。

芦原温泉に3軒あったストリップ劇場のうち、その後、湯の街スタジオ、芦原スタジオは閉店。芦原ミュージック劇場だけが、劇場を拡張。珍しいガラス張りの2階ステージも特設。ストリッパーの寮までつくりました。*1

建物裏側の看板。

【参考文献】
*1 読売新聞福井支局:芦原温泉ものがたり(旅行読売出版社,1973)P.158-P.161

芦原温泉(置屋跡)芦原花街の名残

今回は、芦原温泉(福井県あわら市)の町並みと風俗を散歩します。
芦原花街の発生は、明治の頃、八幡楼、福島屋、山室屋、橋本楼がそれぞれ、1~2名の芸妓を抱えていたのが始まりで、大正7年に芸妓検番が設立、大正11年に、芸妓の技法、作法、学科を習得させる「柳糸学舎」が創立されました。*1

「芦原温泉市街図」*1 によると、えちぜん鉄道の踏切近くの善久寺の隣に、「置屋」が記載されています。

置屋だったと思われる建物。

2階部分の造作。

【参考文献】
*1 芦原温泉開湯100周年記念誌編集委員会:開湯芦原100年史(芦原町,1984)P.101,「芦原温泉市街図」