瀬戸(新開地)陶華園跡

瀬戸の新開地は、昭和初期、旧瀬戸町の西のはずれに新しくできた盛り場です。瀬戸の古くからの盛り場は、深川神社を中心とする一帯で、最盛期は200人ぐらいの芸者がいましたが、芸者置屋も統一して新開地に移転が行われました。*1

敗戦後、新開地は、進駐軍の慰安所となり、元の芸者置屋一帯が特殊飲食店街、いわゆる赤線となりました。赤線の店は一般には「パンパン屋」とか「女郎屋」と呼ばれ、十七、八軒ありました。*1

新開地の赤線は、売春防止法ができた昭和33年に廃止されました。*1

現在は、新開地商店街として、飲食店などが営業中です。

【参考文献】
*1 瀬戸市史編纂委員会:瀬戸市史(愛知県瀬戸市,2006)P.416-P.417