先斗町(木屋町の路地)ビデオ試写室の看板

木屋町の繁華街に「ビデオ試写室」の看板があります。

看板のある場所の路地の入口には、SMフェティッシュクラブの看板。現在は廃業した店舗の看板だけば残されているようです。

フェティッシュクラブの看板。

路地の奥に光る「ビデオ試写室」の看板。


■カテゴリ 売店 先斗町
■散歩事典 先斗町

先斗町(高瀬川沿い)料理屋と風俗店が混在しています。

四条大橋のたもとの西石垣(さいせき)通りは、古くからの料理屋が並ぶ通りですが、今では、ヘルス通りと呼ばれています。*1

料理店と風俗店が混在した奇妙な風景になっています。

木屋町通りと西石垣通りが合流するY字路。料理屋(写真手前)の隣に風俗店(写真左奥)が並んでいます。

高瀬川にかかる於石橋を渡った路地の商店街。商店の隣に風俗店(写真奥)があります。

【参考文献】
*1 文野石平:現代(1997.11.20)P.81 「東西性風俗街道 京都神戸編」


■カテゴリ 飲食街·横丁 先斗町
■散歩事典 先斗町

先斗町(土佐稲荷岬神社)坂本竜馬も詣でた稲荷神社

木屋町の西側に土佐稲荷岬神社があります。
木屋町や先斗町のママの信仰が厚く、幕末は土佐藩邸とかかわりを持った稲荷神社です。*1

先斗町の関係者が寄進した玉垣があります。

幕末は坂本竜馬も詣でたと言われています。(案内板より)

「先斗町遊廓中」と書かれた石柱。

【参考文献】
*1 京都新聞社:新・都の魁(京都新聞社,1989)P.34


■カテゴリ 信仰・寄進 先斗町
■散歩事典 先斗町

先斗町(先斗町遊廓跡)ノッペラボーだったのが名前の由来

今回は、先斗町(ぽんとちょう、京都市中京区)の町並みと風俗を散歩します。
先斗町は、鴨川と高瀬川の間の細長い地域にある花街です。「ぽんと」の語源は、この細長い土地の先の方(鴨川に面した側)ばかり家が建って西の方はノッペラボーだったので「先斗(ばか)りの町」と言われ、いつか音読みで「せんと町」さらになまって「ぽんと町」と呼ばれるようになりました。遊廓としての先斗町の歴史は、永宝2年(1674年)にさかのぼります。最初は宿屋が多く、その飯盛女が時に旅客と戯れ、やがて求めに応じて体を売るようになり遊所が形成されました。*1

四条通りの鴨川西詰の交番横に「先斗町」と書かれた看板があります。ここからずっと北に延びているのが先斗町通りです。*2

通りは狭く、肩が触れ合う風情です。

通り沿いに、先斗町の花街が広がっています。

【参考文献】
*1 明田鉄男:日本花街史(雄山閣出版,1990)P.92-P.94
*2 太田達,平竹耕三:京の花街(日本評論社,2009)P.184-P.185


■カテゴリ 遊廓·遊里跡 先斗町
■散歩事典 先斗町