宮川町(花街に隣接するラブホテル)とてつもない発想の店名

宮川町の花街には、数軒のラブホテルが隣接しています。祇園の安井神社周辺のラブホテル街*1 と同様、花街の待合から転業したのかもしれません。

宮川町の花街の北端にあたる宮川筋三丁目の交差点にラブホテルがあります。(写真左)

鴨川に面した宮川筋二丁目。和風の料理屋の建物の隣はラブホテルです。

ホテル「と、いうわけで。」 。

80年代の後半から、新築ホテルは、とてつもない発想の店名をつけることが流行しました。
「ひっくりかえったおもちゃ箱」(久留米市)
「と、いうわけで。」「イポパパラニ」(京都市)
「G7」(新宿区)
「風がはこんだ物語」(大阪市)
「勉強部屋」(奈良市)
「よい子CLUB」(千葉市)
「かぼちゃの馬車」「風クラブ海がすき」「ぶたぶた子ぶたのぶー」(泉大津市)
「そしてちゃぺる物語」「いねむりのネコ」(堺市)
「ちゅういんがむ」(滋賀県)
「南風のトレーナー」(奈良県)
「ゴジラの花束」(加古川市)
「24℃」(香川県)
などの変わった名のホテルが出現しました。*2

【参考記事】
*1 風俗散歩(祇園):安井神社周辺のラブホテル街(2011.12)
【参考文献】
*2 近藤利三郎:なつかしの関西ラブホテル60年裏のうらのウラ話(レベル,2006)P.182-P.184

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宮川町(舞妓変身処)巨大な人形

宮川町の入口。花街の入口を示す看板に舞妓さんの写真が描かれていますが、これは、舞妓変身スタジオの案内看板です。

舞妓変身スタジオでは、舞妓や芸妓の衣装、カツラ、お化粧などすべて本物の舞妓のように変身させくれます。本格的な髪結いで、衣装も質の高いものを用意している店や価格は手軽であるがカツラを被る店など様々な店があります。*1

この変身のためにわざわざ新幹線に乗って京都にくるお客さんもいいるそうです。祇園や八坂神社近くでは、「あっ、舞妓さんだ!」と写真を撮りに行くと、実は変身舞妓だったりします。*1

5年前にも訪れた舞妓変身処「舞香」*2 の店の前には巨大な人形が置かれていました。

【参考文献】
*1 相原恭子:未知の京都(弘文堂,2007)P.175
【参考記事】
*2 風俗散歩(宮川町):舞妓変身処(2006.5)

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宮川町(花街)鮮やかな照明の演出

宮川町は、もと”男色”の街でした。寛永6年(1629年)、遊女歌舞伎が禁止されると若衆歌舞伎が脚光をあびるようになり、宮川筋に若衆の宿が軒をならべ始めました。若衆とは12歳から18歳くらいまでの元服前の美童のことです。若衆歌舞伎の興行で出演する美少年は、終演ともなれば客に呼ばれて座敷へ出向き、酒宴のとりもちなどをやっていましたが、”売色”に転じることもありました。*1
この美しい若衆たちが、歌舞伎の女形の起こりであると言われています。*2

現在の宮川町は花街で、2007年1月現在、お茶屋37軒、芸妓40人、舞妓28人を擁しています。*2
夜になると艶めかしい雰囲気に包まれます。ときおり、三味線の音色が漏れ聞こえてきます。

鮮やかな照明の演出です。

入り組んだ路地にもお茶屋が並んでいます。

【参考文献】
*1 渡会恵介:京の花街(大陸書房,1977)P.232-P.239
*2 相原恭子:未知の京都(弘文堂,2007)P.56

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宮川町(舞妓変身処)喫煙、飲食、寄り道は禁止です。

木造の風情のあるお茶屋が並ぶ中、「舞香」という看板のある変身処があります。

舞妓変身サービスは、雑誌の記事に紹介されています。

店の前には座布団が置かれています。変身した舞妓さんがここに座るのかもしれません。

店の前の張り紙には、「変身してお散歩されるお客様は、喫煙、飲食、寄り道は、しないで下さい。花街の風情を壊すような行動は謹んで下さい。」と書かれています。たしかに、10代の少女でしかなれない舞妓が喫煙をするのは、つじつまが合いません。

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