桜ノ宮(差し入れ屋)大坂拘置所近く

JR桜ノ宮駅から、北側に徒歩約15分。大坂拘置所の手前に「差し入れ屋」があります。

「差し入れ屋」は、朝の面会の時間が近づくと大勢の人々の買い物姿が見受けられます。

「差し入れ屋」は数軒が並んでいます。こちらは「放免屋」という屋号の店。

大坂拘置所の入口。

桜ノ宮(毛馬桜之宮)古典的なムード

現在の大阪で、川の土手沿いにあるラブホテル街を探すと、十三と桜ノ宮ということになりますが、そのうち桜ノ宮は、古典的なムードをたたえたリバーサイドのホテル街です。*1

桜ノ宮ホテル街の古典的ムードは、毛馬桜之宮(桜宮神社)によって演出されています。
このあたりは、昔から桜の名所として知られていて、明治18年の大洪水によって一度荒廃しましたが、その後、大阪市によって毛馬桜ノ宮公園として整備され、多くの市民に愛されています(案内板より)。

毛馬桜之宮の参道のすぐ近くまでラブホテルが迫っています。

土手から緩やかな坂を下るとラブホテル街の中心部です。(写真左側は、毛馬桜之宮)

【参考文献】
*1 中沢新一:大坂アースダイバー(講談社,2012)P.200

桜ノ宮(桜ノ宮公園)リバーサイドホテル

今回は、桜ノ宮(大阪市都島区)の町並みと風俗を散歩します。
桜ノ宮公園は、明治18年の大洪水の後、整備された河川公園で、この地は、昔から桜の名所として知られていました。

公園の南側に位置する桜ノ宮橋。かつては銀橋と呼ばれていました。
戦後いち早く(昭和20年代半ば)、銀橋の近くに連れ込みホテルが建ち始めました。最初は木造ホテルで、最も有名だった「銀橋ホテル」は、木造二階建て、全室タイル風呂、テレビ付きでデビューしました。場所は、「桜宮ホテル」、「銀橋御苑」とともに、橋の下流にありました。*1

国道1号線沿いのラブホテルは、やがて北のエリアに進出し、西日本一のラブホテル街が形成されました。*1

大川の対岸から見ると、桜ノ宮公園の向こう側にラブホテル群が見えます。まさに、リバーサイドホテル*2 です。

桜ノ宮のホテルの歴史は、「さかのぼれば太閤秀吉の時代の夜鷹にはじまる。」という説もあります。秀吉が大阪城を築く際に全国からたいへんな数の労働者が動員され、その男たちを慰めたのが桜ノ宮付近にたむろしていた夜鷹だったわけです。*1
明治になると、対岸に造幣局がつくられ、その中に見事な桜並木が植えられて、年に一度、桜の季節になると一般公開されるようになり、一段と発達しました。造幣局の「通り抜け」は、大阪庶民の春の一大イベントとなり、対岸には料理屋や連れ込み宿などができました。*2
【参考文献】
*1 近藤利三郎:なつかしの関西ラブホテル60年裏のうらのウラ話(レベル,2006)P.22-P.25
*2 中沢新一:大坂アースダイバー(講談社,2012)P.200