新世界(通天閣の北側)放射状の街路

今回は、新世界(大阪市浪速区)の町並みを風俗を散歩します。
新世界は、明治時代、第5回内国勧業博覧会の跡地に計画された街区ですが、現在もその当時の道路の形が残っています。
新世界の北半分は、パリをモデルとした洋風の街区で、通天閣に通じる放射状の3つの道路があります。
3つの道路は、東から「合邦(かっぽう)通り」、「玉水通り」、「恵美須通り」と呼ばれ、各街路は、それぞれにテーマ性をもったショッピングモールでした。街路に面した1階部分をすべて洋風の店舗とし店舗様式は、近世ドイツ式に統一されていました。*1

東の「合邦通り」。現在は静かな住宅街になっています。

西の「恵美須通り」。現在は、商店街となっていて、地下鉄堺筋線恵美須駅の入口があります。

中央の「玉水通り(現春日通り)」には、かつてはお茶屋が建ち並んで、ぼんぼりが揺れ、奈良の春日大社の万灯籠のようだといわれ、春日通りと命名されました。*2

【参考文献】
*1 橋爪紳也:大阪モダン(NTT出版,1996)P.80
*2 通天閣観光株式会社:通天閣50年の歩み(通天閣観光,2007)P.8-P.9

新世界(ホテル王将)将棋のメッカ

「王将」の歌で有名な将棋の坂田三吉ゆかりの「ジャンジャン横丁」は、「将棋クラブ」が建ち並ぶ将棋のメッカです。
「ジャンジャン横丁」から、東側に路地を入ると、そこには「餃子の王将」..ではなくて「ホテルの王将」があります。

入口にはタイルの円柱。

2階部分の豪華な装飾。

屋上にはレトロなネオン広告塔が残されています。

新世界(ラジウム温泉)「ホモ行為お断りします」の貼紙

大阪のシンボル「通天閣」。

この通天閣の股の下に、銭湯の「ラジウム温泉」があります。

この銭湯のウリは、通天閣を見上げる展望を満喫できる露天風呂です。

露天風呂からは、ちょうどこのような角度で通天閣を仰ぎ見ることができます。露天風呂へ向かう入口のドアには、なぜか「ホモ行為一切お断りします」と書かれた貼紙がありました。

■カテゴリ 新世界 銭湯

新世界(新世界国際劇場)昔ながらの絵看板

新世界は、明治36年の勧業博覧会の会場跡地を再開発して誕生した街ですが、事業を担当した大阪土地建物株式会社は、当時の大阪随一の盛り場だった千日前に勝るとも劣らない歓楽街を作ることを目的とし、劇場・寄席、料理店、旅館などの建設に力を入れた結果、街全体が紅街化しました。*1
「新世界全圖」*1 によると、この付近は当時「いろは小路」と呼ばれた場所で、ここには南陽演舞場がありましたが、現在は、映画館の国際劇場となっています。

現在ではほとんど見られなくなった絵看板がここでは健在です。

アール・デコ建築を思わせる洋風の建築です。

地下は、成人映画専門です。

【参考文献】
*1 水内俊雄,加藤政洋,大城直樹:モダン都市の系譜(ナカニシヤ出版,2008)P.174-P.180

■カテゴリ 劇場 新世界

新世界(浪速クラブ)消えた遊芸民の残影

今回は、新世界(大阪府大阪市浪速区)の町並みと風俗を散歩します。
通天閣のすぐ横にある芝居小屋の「浪速クラブ」は、わずか百席ほどの小さな劇場で、その外形は中世の河原に建てられた芝居小屋に似ています。明治維新以降の都市計画の進展につれて、近世の遊芸民が集住していた地区が次々に解体され、遊芸民は姿を消しましたが、唯一、その面影を残しているのが、いわゆる「大衆演劇」の芝居集団といえます。現在でも30数組の一座が全国を旅して回っています。*1

昼と夜の2回公演で、演目は日替わりなので、一か月の興行でざっと60本の出し物を演じるわけで、台本はすべて座長の頭の中にあって脚本は文字化されておらず、新作もぶっつけ本番です。*1

料金も格安で1200円。最後の総踊りの一時間半だけなら600円です。*1

この日は、愛京花「長谷川武弥劇団」の公演。芝居小屋の演目といえば、各地を渡り歩く博徒・侠客を 主人公とした人情話などが一般的ですが、この日の演目は、お笑いモノでした。

【参考文献】
*1 沖浦和光:旅芸人のいた風景(文藝春秋,2007)P.8-P.11,P.232-P.236

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