篠山(旧篠山町駅前附近)篠山銀座と呼ばれました。

篠山鉄道(現在は廃止)の篠山町駅前附近は、篠山銀座と呼ばれ、オノイ食堂、クロネコ、天女、太陽、ライオン等のカフェーが軒を並べていました。女給さんの数も多い店は、12~13人。その繁昌ぶりは、芸妓、仲居を遥かに凌ぐものがありました。*1

カフェー太陽、オノイ食堂が並んでいた通り。*2

現在もスナック店が点在しています。

料理店の裏側の路地。
この付近には、カフェーライオンがありました。*2

【参考文献】
*1 篠山町:篠山町七十五年史(篠山町,1955)P.282-284
*2 大日本職業別明細図 篠山町

篠山(大正楼跡)阿部定が在籍していた妓楼

篠山の京口新地には、当時の妓楼と思われる建物が残っています。

阿部定事件の阿部定が在籍していた妓楼「大正楼」と思われる建物。*1*2
昭和2年、阿部定は自らの意志で芸妓から娼妓へ身を落とし、大坂の飛田遊廓へ流れ着きましたが、前借金が多くプライドの高い阿部定は店をいつくも鞍替えし、昭和5年に丹波篠山の大正楼へ移されました。*3*4
交差する道路に当たる一画をスパッと切り落として玄関にし、その道から来る客もキャッチしようという遊廓特有のつくりと考えられます。*5

玄関の家紋。

瓢箪の装飾が施されています。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線奇譚(ミリオン出版,2010)P.59
*2 木村聡:実話ナックルズ(ミリオン出版,2010.7)P.64-P.65
*3 堀ノ内雅一:阿部定正伝(情報センター出版局,1998)P.71-P.75
*4 粟津潔,井伊多郎,穂坂久仁雄:阿部定(田畑書店,1976)P.243
*5 丸山友岐子:はじめての愛(かのう書房,1987)P.74

篠山(京口橋)歩兵連隊の設置に伴い遊廓設置

今回は、篠山(兵庫県篠山市)の町並みと風俗を散歩します。
明治40年、篠山町付近に兵営が設置されることに伴い、その附帯施設として遊廓の設置が検討されました。遊廓の設置場所は、県警の「兵営より一里を隔離すること」を条件に物色の結果、篠山市糯ケ坪に決まりました。*1
大正5年の 「篠山町及附近之圖」*2 には、歩兵第七十連隊と京口新地が記されています。

戦後、遊廓は辛うじて残存していましたが、ついに亡び、代わりに町長のかけ声でヘルスセンターの「丹波篠山温泉」が建ちました。場所は、元遊廓の入口の田を埋め立ててつくられました。しかし、ヘルスセンターは、開業まもなく赤字つづきで閉鎖となりました。*3*4

京口橋を渡って、水路に沿って進むと遊廓ががあった一画にたどり着きます。

遊廓があった場所は水路に囲まれています。

【参考文献】
*1 篠山町:篠山町七十五年史(篠山町,1955)285-P.288
*2 西羅日出男:篠山案内記.3版(西羅日出男,1916)
*3 水上勉:日本の風景を歩く 丹波・丹後(2000,河出書房新社)P.32-P.37
*4 日本住宅地図出版:多紀郡篠山町・丹南町・今田町・西紀町(日本住宅地図出版,1980)P.12