出雲(コインレストラン コウラン)全国で唯一のカレー自販機

コインレストランコウランの広い店内の一番奥。
全国で唯一のカーレ自販機(川鉄計量器社製)があります。*1

自販機に貼られている「召し上がり方」には、「本格炊きコシヒカリ米、ご飯にカレーパックの封を切り、かけてお召し上がりください」と書かれています。つまり、
蒸気で温められたご飯が、保温されたレトルトと別々に出てくるようになっています。*1
ただ、残念ながら現在は故障中で、代わりのに対面販売を行っているようです。

カレー自販機の隣には、「天ぷらそば、らーめん」「天ぷらうどん、きつねうどん」の2台の麺類の自販機が並んでいます。

天ぷらそばを注文。

出雲 自販機
■参考文献
*1越野弘之: *昭和レトロ自販機大百科 (洋泉社,2015)
*1: コインレストラン コウラン (,)島根県 出雲市

P.87 種類にこだわりレトルトカレー 広い店内には、コクランオリジナルパネルのめん類自販機二台と、全国で唯一 …

出雲(出雲大津町)芸妓置屋が4軒あった明治末・大正初年当時

JR出雲市駅から一畑電車北松江線の大津町駅で下車した東側が、出雲大津町の町通りです。 “出雲(出雲大津町)芸妓置屋が4軒あった明治末・大正初年当時” の続きを読む

出雲 大津町花街 花街·花街跡
■参考文献
*1石塚尊俊: *出雲市大津町史 (大津町史刊行委員会,1993)P.872,「明治・大正の町通りの家並図」

森福検番、中央検番、江角検番、柿田検番、の記載あり。

P.872-P.873
明治以来、大津の商工業は急速に発達した。古老に尋ね、各戸の生業状況を復元してみた。次の一覧図(明治・大正の交の町通り)がこれである。
一番多いのは、菓子屋で15軒に達する。うどん屋、そのほか多いものとして魚屋の9軒、干物屋の5軒がある。これも田舎では珍しい数字である。それよりも驚くべきは呉服屋が9軒もあることである。さらに、注目させられるのは、芸妓の置屋である。これが4軒もあり、その数は今市よりも多かった。芸妓の数は大正12年に42名であったという(森広博久氏手控)。
大正年間には、錦岩楼(さんがんろう)ができた。さらに、当時は魚屋でも簡単な宴会ぐらいはできた。

■参考文献
*2石塚尊俊: *出雲市大津町史 (大津町史刊行委員会,1993)P.872,「明治・大正の町通りの家並図」

森福検番、中央検番、江角検番、柿田検番、の記載あり。

出雲(大社町の飲食街)出雲大社前駅近く

出雲大社前駅の北側。高浜川へ向かう通りは、古い飲食街の風情の残る通りです。

現在も料理屋が営業中です。

酒、おでん、ラーメンの店。

昭和7年の市街図*1 によると、この付近には、「大和や」「赤玉」「丸竹」などの屋号が見られ、賑わいを見せた通りだったと思われます。

出雲 繁華街
■参考文献
*1東京交通社: 大日本職業別明細図 第281號 島根縣 (東京交通社,1932)松江市 安来市 清水寺 大東町 加茂町 木次町 平田町 大社町 宍道町 今市町 玉造温泉 大津村 高松村 日御碕

大社町 「大和や」「赤玉」「丸竹」などの屋号。

出雲(検番跡)代官町

大正期の出雲には、検番(芸妓置屋)が今市(現在の出雲市中心街)に4軒、大津(現在の大津町)に5軒、古志に4軒あって、料亭などもあって、夜の社交も賑やかでした。*1
今市では、代官町、鑑町などに、料亭やカフェーが軒を並べました。

現在の代官町への入口付近には、ミドリ検番がありました。*1

高瀬川に近い八雲小路(写真右奥)付近には、木村検番がありました。*1

八雲小路には、旅館、銭湯、写真館、人力車、などがありました。(案内板より)

代官町花街 出雲 花街·花街跡
■参考文献
*1記念誌編纂委員会: *出雲市商工発展誌 (出雲商工会議所,1984)

P.246 明治43年出雲今市駅開通祝賀会の余興の中に約20人の芸妓の名が見えるが、大正期に検番(芸妓置屋)が …

出雲(有楽町旅館街)塩治町新地跡

かつての赤線区域だった有楽町旅館街は、現在は「柿田旅館」「旅館ふじみ」2軒の旅館が営業中です。
出雲市商工案内*1 によると、塩治町新地と呼ばれた赤線街には、特殊喫茶店がありました。
昭和33年の売春防止法により、塩治町新地は、有楽町旅館街に生まれ変わりました。*2
売春防止法施行前後の「出雲市商工名鑑」*3*4を比較すると、旅館や下宿に転業していることを見て取ることができます。

休業中の旅館の建物。

旅館街の北側。奥行のある建物であることが解ります。

旅館街の東側にある稲荷神社。

出雲 塩治新地 赤線·私娼跡
■参考文献
*1清水直義: 出雲市商工案内 (出雲市商工案内所,1948)

P.70-P71 特殊喫茶 塩治町 京家、花家、旭亭、大三亭、郎亭、菊代亭、寿亭 特殊喫茶店組合の広告頁 塩治 …

■参考文献
*2記念誌編纂委員会: *出雲市商工発展誌 (出雲商工会議所,1984)

P.78 昭和33年、売春防止法の施行に伴い、塩治(えんや)有楽町の業者は、数回にわたり対策協議を重ねた結果、 …

■参考文献
*3出雲市商工課: 出雲市商工名鑑 1952 (出雲市,)

塩治新地 壽亭、菊代亭、京家、朝日亭、第三亭、百々の家、富時家、郎亭、花家

■参考文献
*4出雲市商工課: 出雲市商工名鑑 1961 (出雲市,)

旅館 旭荘 上塩治町 有楽 柿田旅禍 上塩治町 有楽 香月旅館 上塩治町 有楽 菊乃家旅館 塩治町 高栄北 と …

出雲(有楽町)旅館街入口

今回は、出雲(島根県出雲市)の町並みを散歩します。
JR出雲市駅の南側。出雲郵便局の西隣。県道277号線沿いに、「有楽町旅館街入口」の看板が建っています。

有楽町は、昭和11年、今市新町の西(塩治町)にあった遊廓がこの地に移転してもので、戦後はいわゆる赤線地区となり、昭和33年4月の売春防止法によって、「有楽町旅館街」に一新されました。*1
現在も、バス停留所に有楽町の名前が残っています。

現在は、有楽町ビジネス旅館街になっています。

駅前の新有楽通り。この通りを南へ進むと有楽町ビジネス旅館街です。

出雲 商店街·市場 塩治新地
■参考文献
*1記念誌編纂委員会: *出雲市商工発展誌 (出雲商工会議所,1984)

P.78 昭和33年、売春防止法の施行に伴い、塩治(えんや)有楽町の業者は、数回にわたり対策協議を重ねた結果、 …

出雲(遊女の墓)宇龍

出雲大社からバスで約30分のところに、日御崎があります。
日御崎からさらに徒歩で約10分。小さな湾を持つ宇龍に到着します。宇龍は、松江藩の外港として栄えました。

民宿「やすだ」の裏手の山の上にある海蔵寺。

お堂の脇に、遊女の墓があります。*1

海蔵寺から見た権現島。鳥居が見えます。

【参考文献】
*1 加藤貞仁:北前船(無明舎出版,2002)P.62

出雲(阿国の墓)歌舞伎の創始者

今回は、出雲(島根県出雲市)の町並みと風俗を散歩します。
出雲大社の近くに、歌舞伎の創始者「出雲阿国」の墓があります。

出雲阿国は、大社町の鍛冶職中村三右衛門の子で、出雲大社の巫女であったと伝えられています。天正の頃、出雲大社本殿の修復勧進のため京都へ上り、世にいう歌舞伎踊りを創始しました。(案内板より)

奉納山公園には、出雲阿国の功績をたたえた塔が建てられています。周囲の円形の石垣には、中村歌右衛門、市川猿之助、水谷八重子、などの名前が刻まれています。

阿国は、晩年は大社に戻り、尼僧となって余生を過ごしました。阿国寺”連歌庵”には、阿国のレリーフがあります。

わが国の性的職業婦人の起源は巫女によって発生し、古代にあっては、売笑は必ずしも不徳の行為でもなく、酷業ではありませんでした。名神、大社といわれる神社が、その近くに遊廓を有していることは、古き巫女の存在を想わせるものです。これら巫女(巫娼)から出た遊女は、歌舞にまで関係していました。歌舞伎の源流が、出雲大社の巫女である阿国によって発したことは決して偶然ではありませんでした。*1
【参考文献】
*1 中山太郎:日本巫女史(国書刊行会,2012)P.42