中島町(牛乳箱)オハヨー牛乳

東中島の川沿いの通り。

岡山市に本社のあるオハヨー乳業(株)の牛乳箱です。かすかに「オハヨー牛乳」らしき文字が読み取れます。

西中島の民家。黒板壁に牛乳箱が取り付けられています。

こちらの箱は「オハヨー牛乳」の文字がはっきりと書かれています。

中島町(物干し台)水上デッキ状の構造物

東中島・西中島には、川沿いに水上デッキ状の構造物が数多く見られます。

川沿いの部分には、物干し台と思われる構造物が連なっています。

板で囲まれた個室状になっているものもあります。

気持ち良く眺めを楽しめそうです。

中島町(西中島遊廓跡)西中島に残る遺構

中島に遊廓の許可がおりた時期につきては諸説ありますが、中島にあった宿屋が料理屋となり、そこの仲居などが芸者の鑑札を貰ったことなどが混線して明治6年頃に遊廓の許可になったと言われています。*1

東中島・西中島には、現在も遊廓の遺構と思われる建物が残っていて、中でも西中島には、当時の雰囲気が残されている一画があります。

入口に屋号が残る建物。

道の両側に建物が並んでいます。

【参考文献】
*1 岡長平:色街ものがたり(日本文教出版,1969)P.60

中島町(旭川の中州)文禄の頃からの旅籠町

今回は、中島町(岡山県岡山市)の町並みと風俗を散歩します。
東中島・西中島は、岡山市内を流れる旭川の中州です。古代より海からの小舟が着岸する船着町であり、また、西国街道(山陽道)の通り道となっていたことから、文禄の頃から旅籠町でした。*1
東中島・西中島は、かつての遊廓があった場所で、当時は、京橋西岸から見ると不夜城のような明かりが見えました。京橋は、岡山で橋といえば、まず京橋があげられるほど歴史も古く、有名な橋ですが、大正6年に近代的な鉄筋コンクリート橋に架け替えられました。*2

小橋から見た東中島。

中橋が東中島と西中島をつないでいます。

北側から見た東・西中島。

【参考文献】
*1 岡山大学附属図書館:絵図で歩く岡山城下町(吉備人出版,2009)P.66-P.74
*2 山陽新聞社:岡山県民の明治大正(山陽新聞社出版局,1987)P.260