竹原(明神遊廓跡)妓館の面影をとどめる町並みです。

明神橋を渡ると、海に面した通りに出ます。ここには明神遊廓がりました。*1

道幅の広い通りです。南側(写真右側)には海が広がっています。

妓館の面影をとどめています。

海の見える店。

【参考文献】
*1 忍甲一:近代広島・尾道遊廓志稿(日本火炎資料出版,2000)P.293

竹原(明神橋)吉原の大門に相当する橋でした。

明治17年の貸座敷娼妓営業取締規則によると、竹原の遊廓は、榎町、新町(現在の本町3丁目付近)と明神(現在の塩町付近)に定められていました。明神は、現在の竹原港の対岸に位置していて、瀬戸内の海を見渡せる場所にあります。

明神遊廓の名残とも言えるのが、遊廓の入口にあった明神橋です。明神橋は、吉原の大門に相当します。写真は、近年になって車道用に作られた新明神橋から明神橋を見たところです。明神橋を渡ったその先に、明神遊廓がありました。

明神橋は、数年前までは、今にも崩壊しそうな橋でした。*1 しかし、最近になって、歩行者・自転車専用の橋として新しく架け替えられた模様です。昔の橋の橋げたが残されています。
写真の奥に見えるのは、シルバー人材センターです。

明神橋を渡ったところにあるシルバー人材センターには、明神橋の看板があります。

【参考資料】
*1 忍甲一:近代広島・尾道遊廓志稿(日本火炎資料出版,2000)P.293

竹原(竹原遊廓跡)江戸時代は港でした。

今回は、竹原(広島県)の町並みと風俗を散歩します。
竹原は、安芸の小京都と呼ばれ、江戸時代の古い町並みが残されていて、当時を偲ばせてくれます。
明治17年の貸座敷娼妓営業取締規則によると、竹原の遊廓は、榎町、新町、明神と定められていました。*1 榎町、新町は、現在の本町3丁目付近、明神は、現在の塩町付近です。

本町3丁目付近を本川が流れます。江戸時代は、ここが港でした。*2
本川の北側は、「安芸の小京都」と呼ばれる古い町並みの残る場所で、現在は、観光スポットになっています。

楠神社付近。

木造3階建ての建物があります。

【参考資料】
*1 忍甲一:近代広島・尾道遊廓志稿(日本火炎資料出版,2000)P.293
*2 竹原市:安芸の小京都たけはら(観光マップ)