家老渡(病院跡)被免許地区には病院がありました。

家老渡からバスに乗り、1km程北の三庄六区小用(こよう)に来ました。南側には、弓削島の古法皇山(279.4m)が見えます。

ここには、戦前、戦中の個人内科医院跡が残されています。*1

再び家老渡に戻ります。被免許地から北西500mぐらい行くと、徐々に坂道となります。

斜地に、赤線時代の個人医院がありました。*1 現在は、一般住宅になっています。

【参考資料】
*1 忍甲一:近代広島・尾道遊廓志稿(日本火炎資料出版,2000)P.296

家老渡(家老渡遊廓の建物)国宝的遺構です。

旧遊廓だった場所には、何軒か木造建物が残されていますが、その中でも、忍甲一さんが、「国宝的遺構」*1と絶賛する建物があります。

1階は、家族用の部屋で、2階が娼妓の接遇部屋です。*1 同じ間取りの接客用の部屋が3部屋あります。

2階に見える小窓は、営業用の便所です。「糞尿落下処理工法を覗いてみたい。」と忍甲一さんはコメントしています。*1

貸座敷の入口。

【参考資料】
*1 忍甲一:近代広島・尾道遊廓志稿(日本火炎資料出版,2000)P.296

家老渡(牛乳箱)地元ブランドの牛乳箱です。

旧遊廓街の通りには、牛乳箱も豊富です。

「ふるさと牛乳」の牛乳箱。牛乳箱の側面に、中国酪農協同(株)の社名が見えます。

有名ブランドでありながら、なかなかお目にかかれなかったグリコ牛乳の牛乳箱。

こちらは、明治の牛乳箱との併設です。

家老渡(家老渡遊廓跡)因島の南西部の町です。

土生港からバスに乗り、約10分で、因島の南西部の町、家老渡に着きます。現在の住所でいうと、三庄(みつのしょう)九区です。

家老渡の遊廓の創設は、比較的新しく、大正8年の創設です。*1

広い通り。写真の奥に見えるのは、日立造船所の工場です。

貸座敷の裏小路。*1

【参考文献】
*1 忍甲一:近代広島・尾道遊廓志稿(日本火炎資料出版,2000)P.296

家老渡(土生港)因島へは高速船で渡ります。

今回は、家老渡(広島県尾道市因島三庄町)の町並みと風俗を散歩します。
因島(いんのしま)は、かつては全国でも珍しい一島一市でしたが、2006年1月10日、尾道市に編入されました。島内には、村上水軍の史跡などもあり、観光地としても有名です。
家老渡(かろうと)は、島の南東部にあります。

三原港から高速船で31分で島の南部の土生(はぶ)港に到着します。

土生港は、近隣の島とのフェリー航路もある因島の玄関口です。

島の南部には、日立造船所の工場があります。