木江(めばる崎)おちょろ稼業が定着していました。

大崎上島の北端に位置する鮴崎(めばるざき)に来ました。
鮴崎は、天満、宇浜と並び、おちょろ稼業が定着していました。*1

遊廓があったとされる通り。*1
民俗学者の沖浦先生は、その著書*2 の中で、「三味線や太鼓の音で明け方までさんざめいていた鮴崎の遊女街は、今でもその頃の町並みがほとんど残っている。瀬戸内の港町で、当時の面影がまだ見られるのはここだけだろう。」と述べていますが、町並みは、だいぶ新しくなっているようです。

盗賊返しのある民家。刺さったら痛そうです。

木造3階建ての民家があります。迫力満点です。

【参考文献】
*1 忍甲一:近代広島・尾道遊廓志稿(日本火炎資料出版,2000)P.295,P.315
*2 沖浦和光:瀬戸内の民俗誌 海民史の深層をたずねて:(岩波書店,1998)P.221

木江(牛乳箱)搬送用の箱もありました。

木江でも、木製牛乳箱を数多く見かけます。こちらのお宅の玄関前には、なぜか搬送用の牛乳箱が置いてありました。

天満区の古い町並みで見かけた2種類(森永と明治)の牛乳箱。

上の写真の明治の牛乳箱の側面には、「身元調査おことわり」の貼り紙があります。実は、木江の町では、ほぼすべての家の玄関にこの貼り紙が貼られています。広島県では、教育委員会による部落解放運動が徹底・組織されている模様です。

宇浜とめばる崎の間で見かけた牛乳箱。

民俗学者の沖浦先生は、その著書*1 の中で、「瀬戸内の漁民の存在は、島嶼部の数多くの被差別部落とともに、この列島の海民の歴史の深層にかかわる大きい問題であった。」と締めくくっています。
【参考文献】
*1 沖浦和光:瀬戸内の被差別部落(解放出版社,2003)P.306

木江(宇浜区の遊郭跡地)通りの両脇に古い木造建物が残っています。

木江の天満区とともに、宇浜区も、昭和初期の貸座敷の被免許地で、「おちょろ舟」も存在していました。*1
宇浜区は、木江港の北側。一貫目桟橋付近一帯です。

古い看板が残っています。

古い旅館の建物。

たばこ屋のある建物。

【参考文献】
*1 忍甲一:近代広島・尾道遊廓志稿(日本火炎資料出版,2000)P.294

木江(元映画館の建物)昭和初期のハイカラ建築

町のやや北側、迷路のような小路を抜けていくと、突然パッとモダンな建物が現れます。木造建築の建物が多く残る木江の町並みの中では、異色の存在です。

この建物は、昭和8年に建築された映画館「昭栄館」の跡です。「昭栄館」は、昭和42年まで興行していました。*1

入口付近。当時は、たくさんのお客様で賑わっていたのでしょう。

タイル貼りで、ハイカラなデザインです。

【参考文献】
*1 中尾醸造株式会社:蔵元だよりNo.3「特集 木江を歩く」P.3

木江(天満区の古い町並み)EXPO’70のステッカー

再び、木江の天満区の古い町並みを歩きます。こちらの建物は、1階が商店であったように見えます。

コカコーラなど、家のあちこちに看板やステッカーが貼ってあります。

オロナミンCのステッカー。残念ながら年代を特定できるような手がかりはありません。

月星(シューズメーカー)のセールのステッカー。
EXPO’70(大阪万国博覧会)ということは、37年間、貼ったままの状態ということでしょうか。保存状態は、良好です。

木江(木造五階建ての豪邸)元料亭です。

木江の農協から宇浜方面へ行く道の途中に、ひときわ目立つ建物があります。

何と、木造五階建ての豪邸です。
この建物は、大正2年、当時造船業を営んでいた長屋源吉さんが、船主などの接待用に建てた料亭です。主材は、木造船の建材だった松と杉。眺めのいい四階には、35畳敷きの大広間があるそうです。*1
昔は、木造船の建造技術があったので、このような建築が可能だったのかもしれません。

正面から見ると4階建てに見えますが、横から見ると小さな最上階部分があります。

たしかに五階建てです。

【参考文献】
*1 中尾醸造株式会社:蔵元だよりNo.3「特集 木江を歩く」P.3

木江(天満区の遊郭跡)当時のままの木造建築が残されています。

木江港の南側の天満区には、昔の町並みが残されている通りがあります。

大崎上島の昭和初期の貸座敷の被免許地は、木江の天満区と宇浜区、そして東野の鮴崎(めばる)崎の3ヶ所でした。そして、木江と鮴崎崎にもオチョロ舟がありました。この通りには、遊郭がありました。*1

御手洗の遊郭跡の建物は、かなり修復されていて、観光地という印象でしたが、木江町並みは、当時のままの木造建築が残されており、本物の迫力があります。
一方、路地に入ると、廃屋となっている家もかなりあり、荒廃が進んでいることを感じさせます。

通りには、商店もあります。昔ながらの酒屋さんも多く、地元の醸造メーカーのブランドの看板が見えます。*2

【参考文献】
*1 忍甲一:近代広島・尾道遊廓志稿(日本火炎資料出版,2000)P.294
*2 中尾醸造株式会社:蔵元だよりNo.3「特集 木江を歩く」P.4

木江(神峰山)頂上から瀬戸内の眺めを堪能できます。

今回は、木江(広島県豊田郡大崎上島)の町並みと風俗を散歩します。前回散歩した大崎下島の大長(おおちょう)港から大崎上島の天満桟橋までは、高速船で14分です。
まず、大崎上島の最高峰、神峰山 (452.6m)に登ります。登山口である金剛寺から山道に取り付きます。

1時間弱で頂上の展望台に到着します。頂上からは、瀬戸内の眺めを堪能できます。
南側には、本州四国連絡橋(来島海峡大橋)と四国(今治)方面が見えます。手前に見える島は、左から柏島、肥島、大下島(おおげしま)です。

北東方向には、大島上島の東野地区(鮴崎(めばるざき)方面)が見渡せます。写真の左上に、生野島、竹原方面が見えます。

眼下には、深い入江状となっている木江港が見えます。高速船が着いた天満桟橋などの天満地区は、手前の山の斜面で隠れて見えませんが、入江の北側の宇浜地区の一貫目桟橋や造船所が見えます。