高松(高所の貼り紙)肉眼では読めません。

高松市御坊町の西福寺近くの道路。歓楽街の中心部からは外れたエリアです。

下からは到底見ることができない場所にそれは有ります。

最上段のビデオ店の看板脇の貼り紙。
18才未満の方の利用はお断りします。青少年の福祉を阻害する行為(淫行等)をした者は、条例により罰せられることがあります。
と書かれています。

通常の位置から眺めると、肉眼で読むことは困難です。;

*高松(ポルノショップ)熊ん子

百閒町の華下天満宮の小路「古天神味の店」※1 に残る大人のオモチャ屋さん。

大人のオモチャ「ポルノショップ」百閒町店。

現在は、閉店しているようです。

張形(はりかた、おとなのオモチャ)は、さかのぼれば古代ギリシアでも象牙、革製のものが使われていて、日本でもリップスティック状のものはありましたが、電動バイブのようなものとしては、「熊ん子」が元祖で、大阪万博の頃に登場しました*1。
クリバイブから伸びる舌のような突起が、熊の口のデザインになっています。本体うねりの部分には顔が刻まれ、「民芸品」の「電動こけし」として、昔は、温泉街の路地裏のお店などで販売されていました。*2

古天神味の店 売店 熊ん子 高松
■参考文献
*1松沢呉一: エロ街道をゆく : 横丁の性科学 (同文書院,1994)

電動ものの元祖とされる「熊ん子」が登場したのは大阪万博の頃である。

■参考文献

国産第一号の電動こけしは全体をゴムで覆いサオが左右に回転する機能を搭載した画期的な物で当時アダルトグッズ業界に …

■参考記事

今回は、高松(香川県高松市)の町並みを散歩します。 高松市街の百間町にある「華下天満宮」前の小規模な飲み屋街「 …

高松(古天神味の店)華下天満宮の小路

今回は、高松(香川県高松市)の町並みを散歩します。
高松市街の百間町にある「華下天満宮」前の小規模な飲み屋街「古天神味の店」。

居酒屋やスナックが建ち並ぶメインの通り。

裏側の通り。

古びたスナックの入口。

古天神味の店 飲食街·横丁 高松
■この記事を参照している記事

百閒町の華下天満宮の小路「古天神味の店」※1 に残る大人のオモチャ屋さん。 大人のオモチャ「ポルノショップ」百 …

高松(古びた旅館)出張員

兵庫町商店街の1本裏手の路地。古い町並みの雰囲気が残っています。

古びた旅館の看板。「出張員」という聞きなれない言葉が使われています。仕事で出張にきて宿泊する人のことを「出張員」と呼んでいるのだと思います。

瓦町駅近くのフェリー通りから、西へ入ったところに、昔ながらの旅館があります。

夜の様子。

高松(ロッポニカ)にっかつの名を残す映画館です。

1988年、日活、ポルノ映画から撤退し、「ロッポニカ」の新ネーミングの元に新たな映画製作配給がはじまり、これにより、にっかつ上映館は、「ロッポニカ」の名称に変更になりました。しかし、この「ロッポニカ」も半年で終了。映画館は譲渡もしくは閉館となりましたが、唯一、高松の映画館のみ「ロッポニカ」の名前が残っています。

現在は、ロマンポルノの資産を引き継いだ「エクセスフィルム」(新日本映像株式会社)の成人映画が上映されています。

新作成人映画の他、ロマンポルノも上映されています。
「セーラー服色情飼育」は、1982年の日活ロマンポルノ作品。可愛かずみさんのベッドシーンはラスト3分のみでした。*1

本日上映作品のポスター。なぜか「セーラー服色情飼育」は無く、代わりに、「セーラー服百合族」のポスターが貼られていました。
「セーラー服百合族」は、レズをライトな遊び感覚で捉えた女子高生の姿を描いた作品で、主演は、山本奈津子さん、小田かおるさん。 百合族という言葉が社会現象にまでなりました。*1
ちなみに、小田かおるさんは、ミス日本グランプリの経歴の持ち主。結婚・出産後は、ヌード写真集で復帰し、村西とおる監督のAVなどにも出演しました。*2

【参考文献】
*1 ロマンポルノを愛する会:日活ロマン帝国の逆襲(成星出版,1997)P.32-P.33,P.76-P.77 ,P.304
*2 週刊ポスト(2002.8.23・30)P.228 「日本列島大捜索 あの美女アイドルは今?」

高松(旧浮世小路)現在の三越別館があるあたり

片原駅前の通りを西へ進むと、三越別館の建物に突き当たります。

現在の三越別館があるあたりは、戦前までは「浮世小路」と呼ばれ、「笹まき」、「円まん」、「山水」といった料亭や劇場が建ち並び、エロ、グロの暗躍地帯でもありました。*1

OS劇場があったあたり。*1

付近にあった風俗店。

【参考文献】
*1 荒井とみ三:高松繁昌記.第1-2巻(讃岐郷土史研究会,1960-1963)P.67
*2 井上正夫:古地図で歩く香川の歴史(同成社,2008)付録地図

高松(パラダイス通り)片原駅前の横丁

琴電片原駅前の飲み屋横丁は、かつて「パラダイス」と呼ばれていました。かつてのこのあたりに赤線がありました。*1

現在は、横丁らしい雰囲気が残るのは、この一画のみです。

再開発の計画があるのか、付近には空き地が目立ちます。

以前には、多数のスナックが密集していたようです。

【参考文献】
*1 木村聡:消えた赤線放浪記 その色町は今・・・・・・(ミリオン出版,2005)P.291-P.294

高松(東浜恵比寿神社)玉垣の妓楼の名前が残っています。

ソープランド街の南側に、東浜恵比寿神社があります。

正面の鳥居の左右の柱には、「一天泰平」、「萬民快楽」と刻まれています。*1

玉垣には、新地睦会に所属する戦後の特飲店45軒の屋号が刻まれています。*1

右から、「敷島」、「三日月」、と彫られています。「敷島」は、八重垣遊廓時代にもあった妓楼の屋号です。*2
「三日月」は、1970年の住宅地図*3 に記されている「旅館三日月」*4のことでしょうか。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く2(自由国民社,2002)P.84
*2 南博:近代庶民生活誌.第14巻(三一書房,1993)P.143 「全国遊廓案内」
*3 善隣出版社:ゼンリンの住宅地図 高松市(善隣出版社,1971)P.13
*4 風俗散歩(高松):城東町の赤線時代の建物(2009.5)

高松(城東町の赤線時代の建物)元旅館「三日月」

現在、ソープランド街となっている城東町には、かつては八重垣遊廓がありました。
この一帯は、明治維新後に埋め立てされ、明治5、6年の頃に八重垣遊廓が新設されました。*1
八重垣遊は、昭和20年の空襲で全焼しましたが、赤線の時代をへて昭和40年代の後半にソープ街へと変貌を遂げました。*2
ソープランドに混じって、赤線時代のものと思われる古い建物が残っています。

パラダイスビルの隣にある民家。1970年の住宅地図*3 には、「旅館三日月」と記されていますが、売防法施行以前は、赤線の建物であったと思われます。

「バーバラ」という屋号の店があったあたり。*3

料亭のような雰囲気です。

【参考文献】
*1 長尾折三:高松新繁昌史(宮脇開益堂,1902)P.65,P.68
*2 木村聡:赤線跡を歩く2(自由国民社,2002)P.84
*3 善隣出版社:ゼンリンの住宅地図 高松市(善隣出版社,1971)P.13