中洲(南新地)和風の建物

今回は、中洲(福岡県福岡市博多区)の町並みと風俗を散歩します。
「南新地」は、中洲エリアの南端に位置し、戦前は、料亭や待合が密集する歓楽街でした。*1
現在もバス停に「南新地」の名が使われています。

現在の南新地は、九州随一のソープランド街ですが、わずかに料亭だったと思われる和風の建物が残っています。

高い塀が長く続きます。

南新橋を渡ったところに残る和風の建物。

【参考文献】
*1 咲山恭三:博多中洲ものがたり 後編(文献出版,1980)「戦前の中洲(南部)詳細地図」

中洲(長浜屋台)団地が建ち並ぶ住宅街

中洲の西(地下鉄空港線で赤坂駅下車)の福岡市鮮魚市場西門近くに、長浜ラーメンの屋台街があります。
周囲は、団地が建ち並ぶ住宅街です。

屋台は、道路の両側の歩道に建ち並びます。

屋台通りに暖かい灯りが連なります。

屋台ならではの味わいを満喫できる場所です。

■カテゴリ 中洲 食文化

中洲(南新地の屋台)駐車場

博多の夜と言えば、屋台です。

夜になると、どこからともなく屋台がやってきて、あっという間に屋台村が出現します。

昼間は、この通り、跡形もない状態に戻ります。

屋台は、専用の駐車場で待機しています。

■カテゴリ 中洲 食文化

中洲(アダルトショップ)歓楽街に点在

中洲の歓楽街には、アダルトグッズやDVDの販売店が点在しています。

こちらの店舗は、現在は別の店に入れ替わっているようですが、「DVDショップ」の看板だけが残っています。

24時間年中無休のアダルトショップですが、さすがに早朝からは営業していないようです。

夜は営業しています。

■カテゴリ 中洲 売店

中洲(料亭「老松」)80余年の歴史

中洲中島町に、老舗料亭の「老松」があります。
創業は昭和2(1927)年で、老松の店名は、芸妓出身である初代女将の源氏名に由来します。80余年、ここ中洲中島町で料亭を続けています。*1
戦前の地図*2 によると、料亭「老松」の隣には、料亭「竹葉」、さらに、上野、加代という屋号の店がありました。この付近は花街だったようです。

建物は昭和20(1945)年の博多大空襲で焼けた後、戦後の昭和22(1947)年に再建されました。*1

玄関付近。

歴史を感じさせる建物です。

【参考URL】
*1 料亭「老松」:老松の歴史
【参考文献】
*2 咲山恭三:博多中洲ものがたり 後編(文献出版,1980) 戦前(昭和十年~十二年頃)中洲(北部)詳細地図

中洲(國廣稲荷神社)ビルの谷間に埋もれてしまっています。

中島浜新地の近くに、小さな稲荷神社があります。

中洲國廣稲荷神社由来が記されている案内板。
江戸末期、天保年間、筑前黒田藩は、藩の財政立て直しの為、中島浜新地(現中島町付近)に歓楽地帯を設置し、芝居や富くじを催したのが、現在の中洲町のはじまりでした。
新地の繁栄にともない、天保5年(1834)それまでは小さな社であった中洲稲荷神社が改築され、立派な神殿や石灯篭が寄進され、境内には、地元有志や芸妓の名を彫った玉垣もできました。(案内板より)

現在はビルの谷間に埋もれてしまっています。

狛犬の台座に刻まれた寄進者にアサヒビール園の名があります。
アサヒビール園は、大正12年の中洲大火災の翌年に、跡地にできたビヤホールです。*1

【参考文献】
*1 咲山恭三:博多中洲ものがたり 後編(文献出版,1980)P.134-P.135

中洲(薬局の看板)九州のスケールの大きさに感動です。

この巨大看板は、あまりにも強烈な印象でした。

中洲から那珂川沿いの道を南に行った住吉橋の交差点にある薬局です。

中洲の国体通り沿いにある薬局の看板。男性用と女性用が仲良く対になっているのが嬉しいです。

天神にある赤ひげ薬局。とにかく巨大です。