金武(新開地)沖縄復帰前からあった歓楽街跡

金武・新開地では、コザのような「白人街」、「黒人街」といったテリトリはありませんでしたが、白人専用の店、黒人専用の店が存在しました。白人・黒人とも自分たちの好みの音楽がかかっている店に集まり、店が気に入ると自分たちの専用の店にしました。黒人が集まる店に白人が入店したり、その逆でもケンカが発生しました。沖縄復帰が近づきつつあった頃、新開地を力づくで「黒人街」にしようという黒人集団の動きがありましたが、軍のパトロール強化により、その野望は阻まれました。*1

当時のものと思われる建物が残っています。1992年の写真*2 と比べると、道路が舗装されたこと以外は、ほとんど町並みに変化はありません。

新開地のメインの通り。

クラブSHIMA。

【参考文献】
*1 廣山洋一:KOZA BUNKA BOX 3号(沖縄市企画部平和文化振興課,2007)P.71
*2 池宮城晃,池宮城拓:沖縄返還(池宮商会,1998)P.192 「二十年目の生き残った歓楽街の姿」

2597ref

金武(新開地入口)日米国旗のゲート

今回は金武(沖縄県国頭郡)の町並みと風俗を散歩します。「金武入口」のバス停で下車。道路の向かい側は、世界最強を誇る米軍海兵隊の拠点「キャンプハンセン」です。
近年、沖縄の米兵は少なくなったものの中東戦争、イラン・イラク戦争そして湾岸戦争において、沖縄の米軍基地は後方支援や偵察など大きな役割を果たし、日米安保による基地提供とは米軍の世界戦略の一貫であったことが、現在では明白になっています。*1
「キャンプハンセン」の向かい側には、「新開地」と呼ばれる米兵相手の歓楽街があり、現在も盛況です。

「キャンプハンセン」の入口の前の通り。

西部劇の映画に出てきそうな町並みです。

繁華街への入口のゲートには、日米国旗がデザインされています。

【参考文献】
*1 池宮城晃,池宮城拓:沖縄返還(池宮商会,1998)P.190

2595ref